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たぶん出逢うために生まれてきた

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「あ、! 今日は早く帰って来なさいよ!」


普段は散々放任主義なくせに、何で今日に限ってそいうこと言うかなぁ……と、口には出さずとも不満に思う。
それでも反論はしない。すると小言が大体5倍くらいになって返ってくるからだ。何より、今は時間が惜しい。
待ち合わせ時間まであと20分。私は慌てて家を後にし、若との待ち合わせ場所に急いだ。


****


12月5日。


クリスマスシーズン真っ只中の街は、様々な装飾がなされ、キラキラと輝いている。
街だけじゃない、建物の中だって数多のオブジェが飾られ、中にはイルミネーションの輝く大きなツリーだってある。
そう例えば、デパートの吹き抜けを利用して置かれた、高さにして五階分にもおよぶ白いクリスマスツリー。何色ものイルミネーションが、かわるがわる白いツリーを染めていく姿はとても幻想的だ。
綺麗なものや可愛いものが大好きな私は、当然の如くふらふらと引き寄せられ、その光景に釘付けになった。


「うわぁ〜綺麗! ね、若? ……わか、し?」


思わず同意を求めてみたものの、一向に応えは無い。
あれ? まさか……。
不審に思って振り返ってみると、案の定、どこにも私が呼んだ相手の姿は無かった。


「このパターンって……」


迷子ってやつですか? え〜と、キノコ……キノコは……っと?
慌てて周囲を見渡してみても、それっぽい姿は見当たらない。


「……ふぅ、またか」


デートする度に同じことを繰り返しすぎたせいか、自分でも呆れるくらい落ち着いている。
自分の迷子ぐせには、ほとほと愛想も尽きるってもんだけど、今日ばかりは好都合かな?
実は、今日は若の誕生日だってのに、プレゼント買い忘れてたんだよね……ってのは冗談で、今日じゃなきゃ買えないのだ。


――新発売の濡れせんべい。


今日が発売日なので、正直どのタイミングで買いに行くべきか悩んでたわけ。そうと決まれば、善は急げって言うし、この隙に行こうっと!
私は若を探すことをあっさりと放棄して、デパートの地下へと向かった。休日というだけあって、どのフロアも人が一杯。
人に押しつぶされそうになりながら移動を続け、ようやく目的地に辿りついた。
えーっと? あ、此処だ此処。
うわぁ〜、美味しそう……。
何を隠そう、実は私の好物も濡れせんべいだったりするので、思わず視線が釘付けになってしまう。
ここのお店のは本当に美味しいので、新商品も期待大。きっと若も喜んでくれるだろう。そう思うと思わず顔がニヤけた。
……って、我ながら気持ち悪いな。
すぐに表情を引き締めディスプレイに視線を落とす。確か新商品は……あ、これだ! 『本日発売』というポップを見つけ、浮き立つ心を押し隠して口を開く。


「「すみません! これ1箱!」」

「「え!?」」


被った!? 驚いて横を見ると、私と同じく驚いた表情を浮かべた若の姿。


「……なんで?」


思わず当惑の声が漏れた。
若にだけ私を探せ、とは言わないけど、だけど、何で同じの買っちゃうかな〜。これじゃプレゼントとしても微妙だし、サプライズにもならないじゃん。
自分の計画が無念にも頓挫してしまったことに軽く落ち込む。
一方の若も酷く不機嫌そうな表情。……あれか、当然のようにこんなとこに来てたから? でも、それは若も同じはずだよね?


「えーと、2500円です」


沈黙が横たわる私たちに、躊躇いがちに声をかけて来たのは店員さん。
なんかすみません、本当に。
私たちはそれぞれ会計を済ませると、無言で歩き始めた。
あ――……どうしよう、これ。チラッと買ったばかりのブツに視線を遣る。いや、どうしようも何も、渡すしかないのはわかってる。それに若だし、濡れせんべいの一箱や二箱増えたところで、きちんと消費してくれるだろう。ただ問題は、渡すタイミングが掴めないということだ。
帰り際? いやいや、それじゃあそれまで微妙な空気が続いちゃうよ。うーむ、だからと言って今渡すにしても、こう……話しかけ辛い。でもでも、早く雰囲気戻したいし……。はぁ。
兎に角、このままウダウダしてたって状況が好転する気は、全くと言って良い程しない。
……仕方ない。こうなったら今渡してしまおう。デパートから一歩出た瞬間、一度横を歩く若の姿にチラリと視線を走らせ、後はなるようになれとばかりに、そっぽを向いて持っていた紙袋を若の方に差し出した。


「「ん」」


ガサッ……ボス!


手に伝わった振動と、妙な擬音。
え?
急いで若の方を見ると、私たちは同じような行動をしていたようで、若の持っていた紙袋は私に。私の持っていた紙袋は若に。それぞれが突き出して衝突したらしかった。


「「………………」」


互いに同じ体勢で固まるって、ねぇ? しかも此処ってば天下の往来、てか人の出入りが激しい出入り口だ。互いに顔を見合わせ、そろそろと入り口の横へと移動する。


「で?」


いや、「で?」とか言われても、それ私のセリフ……うん、なんでもない。私の行動が気に入らなかったのか、いつもよりも鋭い視線に悪態はナリを潜めた。


「……いや、その、誕生日……プレゼント、です」


しどろもどろ答えながら再び紙袋を差し出すと、若は一瞬キョトンという顔をして受け取り、溜息を吐いた。
まぁね、確かにね? 誕生日プレゼントにせんべいってチョイスは、我ながらどうかとも思うけど。思うけど!
私は何だか少し不貞腐れた気持で若の返事を待ったのだけれど、若から出た言葉は、私の予想していたものとはおよそ違っていた。


「まさか此処まで被るとは、な。……ほら」


そう言って、再び若は私に濡れせんべいの入った紙袋を差し出してきた。


「え?」


そういや若も紙袋渡そうとしてたんだっけ? でも、何で?
頭の中を疑問符が激しく乱舞する。


「誕生日プレゼントだ。……まさかとは思うが、自分の誕生日忘れてたのか?」
「…………ははっ」


残念ながらそのまさかだ。そう言えば、今日は若の誕生日であると共に私の誕生日……なのだが、若の言うようにすっかり忘れていた。なるほど、だからマイマザーは今日に限って家路を急ぐように促したのか。今の気持ちを端的に表すなら、「謎はすべて解けた!」って感じだ。
若の問いを誤魔化すように乾いた笑みを浮かべながら、私は差し出された紙袋を受け取って、小さく“ありがとう”と呟いた。
さっき店の前で、私も食べたいなぁ〜と思ってたし、正直かなり嬉しい。でもさ、考えてみたら――。


「にしても……プッ、ハハッ! 色気のないプレゼント〜」


思わず噴き出した。だって、普通彼女の誕生日に濡れせんべい渡す奴なんて居ないよね!
って、まぁ……彼氏の誕生日プレゼントに濡れせんべい渡した私が言えた道理じゃないけど。


「……お前にだけは言われたくないな」


案の定、呆れた様子で突っ込みを入れた若に、私も同意する。


「確かに。でもさ、同じ日に生まれて、同じ行動して、同じプレゼント用意して、同じタイミングで渡すなんて、何だっけ? えーっと、“ソウルメイト”だ! 魂の伴侶ってやつ! なんかそれみたいだね!」


被って気まずかった行動も、自分のためだとわかると途端に嬉しくなるというもので、私は自身の腕を若の腕に絡めて、思いっきり身を寄せた。若は溜息こそ吐いたものの、私を引き剥がしたりはしない。


「……馬鹿言ってないで行くぞ」

「ふふっ、はぁ〜い」


素気無く返して歩き出した若の赤く色付いた耳を見て、私は溢れる笑みを堪えることが出来なかった。




たぶん出うために生まれてきた


****


(ひとり反省会)
振り返ってみると、日吉に名前呼ばれてない……だと!? という非常に残念な結果に(滝汗)……す、すみませんでしたoyz


えー、最後まで目を通して下さったお嬢様、お付き合いくださり誠に有難うございました。
そして管理人様、この度は素敵な企画に参加させて頂き有難うございました。楽しかったです!


BlackStrawberry 桜花 (2010/12/05)



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