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お姫様になるには代償がいる

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 終業の挨拶が終わると同時に一人の女子生徒が駆け寄ってきた。
 特別仲が良いわけではないが、クラスの中では話す方だろう。何だろうと視線を向けると、女子生徒は意を決したように口を開いた。


さん、これから一緒にカラオケ行かない?」


 正直、少し驚いた。
 嬉しいとも思った。
 けれど、私はこの誘いに乗るわけにはいかないのだ。


「ごめんなさい。今日は用事があって……。また誘ってくれるかしら?」

「そっか残念。じゃあ次は絶対ね!」

「ええ。また」


 去っていく女子生徒の背中を見送りながら、虚しさが去来する。
 小学生の時なら、喜んで誘いに乗っていただろう。けれど、今は築き上げたイメージを崩すことは出来ない。
 両親が事故で亡くなり、の家に引き取られた時から、私は私であって、私ではなくなったのだ。
 養父母が望む私を演じ、の跡取りとして相応しい言動をする義務がある。
 見た目は自分ではどうしようもないから、最大限の努力で清楚で清潔感がある雰囲気を目指した。本当の自分を知られないように、人と距離を取る当たり障りのない性格や言葉遣いを装い、勉強だって毎日必死に予習復習して試験の順位は常に上位に入るように努めた。
 今では立海一の才媛と呼ばれている。
 育てて貰っているのだから出来る限りの恩は返したいし、期待には応えたいと思ってたから、それは自分でも納得している。けど、そうはいっても私だって全てを割り切れたわけじゃなくて……。


「あ〜あ、私もカラオケ行きたかったなぁ〜」


 図書館の中でも人気のない奥の奥。そこに忘れ去られたように据えられている自習用の机は、本棚に隠れて存在を知る人間すら稀だろう。半ば私の隠れ家と化しているその場所で教科書とノートを開いたまま、その上に覆いかぶさるように上体をペタリと預け、誰にともなくぼやいた。
 誰も居ない。そう思い込んでいたからだ。


「何で行かんかったんじゃ?」

「そりゃあ、皆の前でアニソン熱唱するわけにもいかないし、テスト前に遊んでたらあっと言う間に成績落ちちゃうからに――!?」


 だからだろう。うっかり声に応えてしまったのは。


「ほう、立海一の才媛とは思えん台詞じゃな」


 すっと背筋を伸ばし、ブリキの玩具もかくやというギシギシとぎこちない動きで首を巡らせると、本棚の裏に人影があった。
 銀色の髪が本棚の隙間から覗いている。
 この学校で銀髪の人間は少ない。むしろ彼以外に知らない。
 仁王……雅治。
 まずい人物に見つかってしまった気がする。


「別に私は才媛というわけではないですもの」


 口に出してしまった言葉を撤回するのもわざとらしく感じて、無理矢理営業スマイルを作って誤魔化すことに徹した。が、彼にこの話題を流す気はサラサラなかったらしい。
 仁王はクツクツと笑いながら本棚をぐるりと回って私の前に立った。


「さっきのが素じゃろ? 今更取り繕わんでもええぜよ」


 取り繕った笑顔の仮面に亀裂が入る。
 ひくっと分かりやすく引き攣ってしまった表情筋の軟弱さに、我ながら情けなくなるが、この際仕方のないことだろう。


「……はぁ。そこはそのまま誤魔化された振りしときなさいよね」


 ここまで言われれば、笑顔を作るだけ無駄だと力を抜いた。


「それは無理な相談じゃ。こんな面白そうなこと見逃したら、まーくん後悔するナリ」


 誰だよ《まーくん》。いや、この流れからすると仁王のことなんだろうけど。
 仁王雅治。雅治。まーくん。あぁ、なるほど。


「自分で《まーくん》て恥ずかしくないの?」

「プリ」


 だからどっちだよ。
 意味のわからない言葉に苛立ち目を眇めると、仁王は笑いながら「お〜怖い怖い」と肩を竦めて見せた。


「そんな怖い顔しなさんな」

「で? まーくんの目的は?」


 意趣返しのつもりで呼んでみれば、一瞬だけ瞠目し、仁王は形の良い唇を弓形にしならせた。
 どうやら相手にダメージは与えられなかったらしい。


「言うたじゃろ? 面白そうて。理由が気になるだけやき、教えてくれたら誰にも言わんて約束するぜよ」


 つまりそれは裏を返せば、言わなければ言うぞ、と。
 質の悪い男だと思う。
 そもそも仁王と私とは単なるクラスメイト。友達でもなんでもないのに、何故わざわざ事情を話さねばならないのか。
 どう考えても理不尽である。
 だけど。だけど、心のどこかで本当の自分を知ってもらえたことに歓喜している自分が居ることにも気づいていた。


「別に言って貰っても誰も信じないんじゃない? 録音してるなら別だけど」


 それでも、すんなりと仁王雅治という人間を受け入れられるわけも無く、口から零れるのは憎まれ口。
 仁王は私から視線を逸らし、本棚に背を預けて腕を組んだ。


「そうさのぅ……メリットがあればええんか?」

「……そんなに知りたいの?」


 何だか意外で思わず首を傾げてしまう。


「隠されたら暴きたくなる性分なんじゃよ」


 そういうものなのか。
 仁王のことは、何だかよく正体の掴めない人物だと思っていた。けれど向けられる視線に含まれる感情はどこまでも純粋な好奇心。悪意は感じなかったし、揶揄する色も感じはしない。たぶん悪い奴ではないのだろう。
 そう思ったら口が勝手に動いていた。


「――なら」

「ん?」

「カラオケ……付き合ってくれるなら」


 私の言葉が予想外だったのか、仁王はキョトンとしている。あまり見られる表情ではないような気がしてマジマジと見つめていると、我に返ったらしい仁王が首肯した。
 その瞳の中に戸惑いの感情を読み取った私は、苦笑を漏らして両手を上げる。


「別に他意はないって。一人で行くのは詰まらないし、まーくんなら私がアニソン歌おうが、何歌おうが気にしないでしょ? ついでに声優さんの物真似とかしてくれたら拍手ものだけど」


 いっそこれから二人の時は《まーくん》とでも呼んでやろう。そんな気持ちで口を開けば、仁王は然して気にした様子もなく、納得した表情を見せた。


「交渉成立じゃな。理由、話してみんしゃい」

「わかった。けど、続きはテスト明けに。その時まで気持ちが変わらなければカラオケの時にでも話すよ」


 私は自分史上で一番の戯笑を浮かべて告げると、耳元で騒ぐ仁王を横目に教科書に向き直った。





(それでも、一人くらい理解者が居れば、それも悪くはないのかもしれない)


お題 / アセンソール
提出 / 私の彼は左きき! 2013

@Black Strawberry



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