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花かんむりの厄日
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「しつれーい……って、居ないし」
ガラリと無遠慮に隣のクラスの扉を開け、私は思わずぼやいた。肩透かしを食らった気分。昼休みになってすぐに蔵のクラスに来たと言うのに、蔵の姿はどこにもない。教室中くまなく視線を巡らせるが、見知った顔は謙也くらいか。
「謙也ぁ〜!」
仕方なく教室のど真ん中で友達とだべっている謙也を呼ぶ。
「お〜マネージャー、何や?」
「蔵は?」
「逃げてんで〜」
謙也は当然といった風に笑う。
いやいや、何からさ。思いながら首を傾げていると、ドタドタとけたたましい足音が背後で響いた。
「白石くーん!」
「白石せんぱーい!」
女の子……の群れ。これは一体何事だ? 女生徒たちはこちらをひと睨みするや否や、私の体を押しのけて教室に入って行った。睨まれるのはマネになってから珍しいことでもないので気にはならない。ならない。が、この状況に付いていけていない。
「居てへん。教室はハズレや!」
「え〜どこに行ってしもたん!?」
「ほら、もたもたせんで、行くで!」
唖然としたまま、女子生徒たちが教室を蹂躙して出て行く様を見送った。いつの間にか傍に来ていた謙也を見上げ、行儀が悪いと知りつつも、私は去り行く彼女たちの背を指差した。
「何、あれ」
「今日白石の誕生日やろ?」
「うん」
「せやから、みーんなプレゼント渡そうて必死やねん」
つまり、蔵はこの女子の群れから逃げているということか。
「……はぁ」
「もやろ?」
「あー、うん。いや、ちょっと違う、かな?」
プレゼントは朝練の後に既に渡してある。だけど、その時には言えなかった言葉がある。それを伝えたいのだ。
「とりあえず、私も蔵探してみるわ。んじゃ、放課後部活で!」
私は謙也に見えないよう、己を鼓舞するように拳を握って謙也に背を向ける。
「おん。がんばりや!」
背に受けた励ましに答える代わりに、私は長い廊下を駆け出した。
****
人目を避けるように昼休みの校舎裏を歩く。まだまだ肌寒い時期やっちゅうんに、何でこんなとこ歩かなあかんのやろ……。校舎と雑木林の影が支配する空間は、風も冷たく春らしさとは縁遠かった。
「白石くん居った?」
「こっちには居らんかった! 部室棟の方に居てへんの?」
「はずれやった! あー、ほんま何処行ってしもたんやろ〜」
窓の開いた廊下からこぼれ落ちる声に、俺は悪寒を感じて息を潜めた。女の子にこんな例えしたらあかんのやろうけど、あの子らの誰か一人にでも見つかってしもたら、百人に見つかるんは必至やろ。まるで……いや、言わぬが花ってやつやな。これ以上は口チャックや。
俺は見つからんよう慎重に、壁に張り付くようにして彼女たちの視線を誤魔化した。傍から見たらさぞみっともないんやろうなて思う。けど見つかって、ようわからん手作りケーキとやらを食べさせられるよりはマシやろ。形が崩れてるだけならまだしも、あれは食べもんやない。去年の誕生日に貰った、ケーキという名の不気味ちゃんを思い出し、胃がキリリと痛んだ。
「確かこっちに……」
二号館の校舎裏の影に、誰が使うとも知れんベンチがあるんや。雨風に晒され、強い日差しに晒された木製のベンチは、とにもかくにもボロボロ。せやけどな、暖かいねん。
記憶に映し出された木のぬくもりを思い出すと頬が緩む。
「あの、好きなんです!」
あー、人が居ったんか……。目的地付近から男の声が聞こえた。誰かは知らんけど、何も俺の誕生日に告白なんてタイミング悪いわ。告白シーンに割り込んでまでベンチを目指す気力なんかない。来た道を引き返すべく踵を返した俺を引き止めたんは女の声やった。
「えーっと、本気? それとも罰ゲーム?」
聞き覚えのある、いやあり過ぎる声。うちら男テニマネのや。何で誕生日に好いた相手の告白シーンに遭遇せなあかんねん! ……もしかして今日は厄日なんか?
さて、どうしたもんか。こういう時は「俺のもんや」て入って行けばええんか? うわっ、めっちゃ恥ずかしいし、「え?」とか言われたら耐えられんわ。
なんて考えて尻込みしとる俺は、普段へたれ扱いしとる謙也に負けず劣らず、へたれなんかもしれん。
「はぁ〜」
思わず重い息がもれた。
「本気です! 先輩が白石先輩と付き合うとることはわかっててんけど……」
正直、好きやて思ってても何も言えずに居った俺より、今ちゃんとに向き合って告白しとる奴の方が、よっぽどええ男なんやないかて思う。そう思ってまうと、尚更出て行く気にはなれんくて、俺は二人の会話から逃れるようにその場を離れた。
****
「蔵なら此処に来ると思ったんだけどな〜」
二号館の校舎裏にある古臭いベンチは、蔵の密かなお気に入りスポットだ。蔵曰く「たまに思い出す程度なんやけどな」という微妙な扱いではあるが、語っていた表情が柔らかかったから覚えている。
「あの……」
「ふへっ!?」
誰も居ないと思っていただけに、背後から急に声をかけられ、思いのほか動揺した。普通はこんなとこには来ないだろうし、後を付けられたのだろうか? 恐る恐る振り返ると見慣れないイケメンさんが居た。
「な、何ですか?」
尋ねつつ、どうにか記憶をたどる。確かサッカー部の二年生、だったような……。二年生レギュラーがかっこいいだの何だの、クラスメイトが写真を見ながら言っていた。目の前の人物は、その写真の中の人物にそっくりだった。
「あの、好きなんです!」
突然ですね。なんて言えようはずもない。が、何と答えたらいいものやら。大体、私は彼と面識はないはず……多分。
「えーっと、本気? それとも罰ゲーム?」
失礼な問いだ。でもさ、だってこの子イケメンさんだし、ね? つい、というやつである。
「本気です! 先輩が白石先輩と付き合うとることはわかっててんけど……」
彼が言うには、前にサッカー部のマネが休んでいた時、たまたま怪我をした彼の手当てを私がしたらしい。
残念ながら、全く覚えちゃ居ないが。
「そ、そっか。あのさ、私は別に蔵と付き合ってないよ?」
「じゃあ!」
「――今は」
「へ?」
「ごめんね、私も今日蔵に告白するつもりなんだ。……私は蔵が好きなの。だから、ごめん。まぁ、もちろん振られるかもしれないんだけど」
自然と苦笑が混じる。それは相手も同じようで、後輩くんも困ったように笑った。
「聞いてもろうて、ありがとうございました。その、気張ってください!」
走り去っていく背中をボーっと眺めてハッとする。慌てて携帯携帯、と制服のポケットを漁った。見つからないなら呼び出せばいい。それが私の考えだった。のだが、
「……でない」
蔵は何度かけても電話に出てくれなかった。昼休みは早くも残り二十分を切っていた。私は校舎を見上げ、あるものに目を奪われた。灰色の四角い箱。スピーカーだ。
「覚悟しろよ、蔵!」
向かったのは職員室のある校舎一階の奥。下駄箱からも遠く、あまり人の来ない場所だ。
と言っても、私は蔵を探しているわけではない。
「よしっ!」
気合を入れて頭上を見る。壁から突き出したプレートには『放送室』という文字が並んでいる。汗ばむ手のひらをスカートで拭い、ゆっくりのノブを回す。鍵はかかっていない。走りながら打ったメールで、放送部の友達に開けておいてもらったのだ。
「しつれーします」
中には誰も居なかった。触ったこともない機械を壊してしまわないか不安になりながらも、私は教えてもらった通りにマイクのスイッチをオンにした。
****
俺は二号館から食い倒れビルまで移動し、その屋上に入り込んだ。通常校舎の屋上よりは見つかる可能性も低いやろしってのはもちろん、何より鍵が開いとったんが決め手やった。ただし外からも鍵がかけれへんのやけど。
「味がせぇへん」
いつもと同じ弁当なはずやのに、味気なく感じてまう。
どうしてあん時俺は出て行かへんかったんやろ。後悔するくらいなら恥かいた方がずっとマシやったなんて、今になって思う。心中で呟いて緩く首を振る。いーや、それ自体そもそも違うねん。ほんまは、に目の前で「この人と付き合う」て言われるんが嫌やっただけや。はぁ、ほんましょーもない。
しかも、からの着信気づいてんのに、とってへんし。
何度も鳴った呼び出し音も、呆れかえったんか終ぞ口を閉ざしてしもた。
「なっさけな……」
口を突いて出た言葉に自分で「ほんまにな」と同意して笑う。せやって、このまま終わるんはごめんや。俺は食べかけの弁当を片し、覚悟を決めて屋上から出ようと立ち上がった。その時。
キイィィィィィ――――ン!!
「何や!?」
耳を貫く甲高い音に思わず耳を塞いだ。
「蔵ぁ――――!!」
屋外用のスピーカー越しに自分を呼ぶ叫び声は、聞き覚えのある、いやあり過ぎる人物のもの。さっき俺が背を向けたのもんやった。
「転校してきて不安だった私を、マネージャーにしてくれたこと、仲間をくれたこと、感謝してる! 本当にありがとうッ!!」
放送がはじまってから、運動場の賑わいも、校舎に溢れる喧騒も、嘘みたいに静かになった。気づいたら俺の足は勝手に動いとった。放送室のある三号館までは距離がある。
弁当箱を引っ掴んで必死に走る俺に、男子はからかうような視線を向けとったし、俺の姿見つけた女の子たちがめっちゃ騒いどったけど、そんなん何も気にならん。ただひたすら放送室を目指す。
「あのね蔵、私ね、わたし、蔵が好き! って、うわっ!? ちょ、ごめんなさ……あ、先せ」
「こら! 何勝手に放送使うてんねん!」
ブツ――。
切られた放送。放送室は目の前や。丁度先生がの首根っこを引っ張って放送室から出てきたところやった。息を整える間もなく、俺は声を張った。
「ちょい待ち! はぁ、はぁ……。悪いんやけど先生、コイツは後で職員室連れてくさかい、二人にしてくれへん?」
先生はでかい溜息を落とすとを離し、俺の横を通り過ぎた。
「はぁ、五分で来いよ」
通り過ぎ様に「気張りや」てニヤニヤ笑いながら残して行くんに、「余計な世話や」と軽く返して、残ったに向き合う。
「蔵?」
「びっくりしたわ。ほんまは俺から言いに行くつもりやってんで? やから仕切りなおしや」
「……うん?」
何のことだかわからんっちゅうの片手をとり、両手でそっと包む。俺よりも一回りも二回りも小っさい手や。俺なんかよりよっぽど弱い存在なんに、俺よりよっぽど強い心を持っとる。
握った手から伝わってきた熱に勇気を貰った気がした。
俺は小さく深呼吸して口を開く。
「……俺はのことが好きや。俺の彼女になってくれへんか?」
は一度目を見張った後、花のような笑顔を浮かべて俺の手をぎゅっと握った。
「よろこんで!」
放送のせいで集まった観客に気づいた俺は、抱きしめたくなる衝動を抑え、の手を引いて歩き出した。
花かんむりの厄日
(ねぇ蔵、ところでどこ行くの?)
(ん? さっき先生と約束したやろ? 職員室やで)
(ちょ、)
(ほら止まらんと、しっかり歩き)
この後、が職員室でみっちり説教をうけ、盛大にからかわれたのは言うまでもない。
****
まずは、最後まで読んで下さったお嬢様、本当にありがとう御座いました。
毎度毎度最後の方に提出しているので、今回もとても肩身が狭いです(笑……えない;)
白石も書くのは初です。何だか白石じゃない感じでとても残念; 加えて似非関西弁とか本当にもう頭下げも下げたりなかったりorz
許していただければ幸いです。
それでは、また夏にてお会いしましょう^^
お題 金星(venus) 様
Black Strawverry 桜花 (2011/05/31)サイトでのup(2011/06/05)