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ハーレムなんて夢のまた夢
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俺のクラスには変な転校生がおる。
一月前、東京から越してきたというその女は、女と話しとる時はにこりともせんで、男と話す時はわざとらしい程よく笑う。他の女共の「ぶりっ子」だの「媚びてる」だのと言う陰口がこちらの耳にも普通に入ってくるほど、いや、言われんでも気付いてしまう程明確な差。
言うても俺には、その態度が「ぶりっ子」にも「媚び」にも見えんのやけど。
絶対的作り笑い。
そんな言葉がピタリとはまる笑みを貼り付け、その女――は、俺に近づいてきよった。正確には、俺を通してテニス部の連中に。
普通やったら拒絶するはずのそれを、何でやろな、俺は不思議と受け入れとった。
****
にこやかな笑みを浮かべるが、テニス部の奴らに笑顔で迎えられとったのは最初だけやった。あからさま過ぎる男女に対する態度は、部員の不信を買ったらしい。
それでも、俺はあのレギュラーを前にやはり作り笑いしか浮かべていなかったが気になった。自分で言うとかなり痛いが、テニス部は顔面偏差値が無駄に高い。一目惚れって言葉があるくらいやし、みんな結構モテる方や。けど、は他の男に対するのと全く変わらん態度で接してきた。ほんの少しも変わらん作り物の笑み。それが良いもんかどうかは別の話やけど。
部活上がりの時間帯。着替えを終えて部室から出ると、カシャリとカメラのシャッター音がした。目の前にはの姿。どうやらカメラ付きケータイを構えて待ってたらしい。
「忍足先輩、今日もナイスガイですね!」
狙いは謙也さんか。
しかしのおだてにも乗らず、謙也さんは低く唸った。
「消せや」
滅多に怒らん謙也さんが切れとる。けど、誰も庇う素振りも見せんのは、もうこれが一度や二度のことちゃうから。
勝手に写真撮られたんやから当然やな。って思う一方で、泣いたり困った顔したら助けたらんこともないけど、とも思てた。
ところが、や。は全く気にした様子も見せずにケータイを操作し、にっこりと微笑んだ。
「そんな顔しちゃ男前が台無しですよ?」
プツンと、何かが切れた音がした――気がした。
次の瞬間。物凄い剣幕の謙也さんがの手からケータイをぶんどり、折った。ボキッと小気味良い音が耳を突く。二つに折れた機械を目にし、謙也さんはようやく我に返ったのか、おろおろしながら白石部長に視線を投げた。
「さすがにやりすぎやな」
部長に頭を叩かれた謙也さんは、気まずそうな表情を浮かべて折れたケータイをに差し出した。
「……悪い」
「別にいいですよ。新しいの買えば良いだけなんで」
そう言って笑ったの笑顔は、夕闇の陰影のせいか、いつもの完璧な作り笑いやなくて、今にも崩れてしまいそうな危うさを感じさせた。
****
「の奴、来ぉへんな」
いつものように部室から出てすぐ、辺りを見回した謙也さんは罰が悪そうに呟いた。
あの日から、はテニス部に一切近づかん。
いや、ほんまはそれどこやない。あの日以来、誰と話しとってもは笑顔を浮かべんくなった。もちろん変に責任感じて凹まれても困るし、謙也さんには言われへんけど。
「静かになってええんとちゃいます?」
素っ気無さを装い、軽く返す。
先輩らは「それもそうやな」てもう別の話題に移ってしもたけど、俺はのことが気になってしかたなかった。わいわい話しながら歩く先輩らの後ろを、ただ黙ってゆっくりとついていく。
にとって、ケータイ折られたことがそないにショックやったんやろか? それとも、あのケータイが大事なものやったんやろか? それとも――。
とりとめのない問いかけをしていると、「なぁ」という白石部長の声で、前を歩く先輩らの足が止まった。
なんやろ、と俺も顔を上げると、白石部長の視線がある一点に投げられ、止まっとった。
「あれ、さんやないか?」
夕日の煌く河川敷に腰を下ろした女。
四天宝寺の制服を着て、ケータイを耳に当てがう人物は、見覚えのある顔形――のはずやった。のに、まるで別人。
「あんな顔して笑うんか……」
驚いたんは俺だけやなかったらしい。
誰が呟いたんかは分からんかったけど、俺も全く同じことを思った。
今まで一度も目にしたことのない柔らかな笑み。
それがあまりにも衝撃的やったからか、その日は寝るまでの顔が頭ん中から消えんかった。
****
河原で目撃した数日後。昼休みに校舎裏に歩いてくを見つけた俺は、気になって後をつけることにした。誰かに呼び出されたんか? とも思たけど、見当違いやったらしい。
はいそいそとケータイを出し、それを耳元へと持っていった。
「もしもし跡部先輩? はい。はい。え? 友達くらい居ますって、毎日かけてあげてるのは、先輩たちが寂しいんじゃないかって……え!? いやそれはちょっと……。えぇ、だからちゃんと馴染めてる証拠に忍足先輩の写メ送ったでしょ? いやいや、確認とか必要ないし! あ、侑士先輩? 確認とかやめてくださいね、ほら迷惑になるし。え? だめですって! あ~もう! ちょっとチョタに変わってもらえます?」
くるくると表情を変えながら紡がれる声は、いつも教室で耳にするものとはまるで違う。だが、それ以上に気になったのはの会話の相手や。
『チョタ』とやらはともかく、『あとべ』と『ゆうし』という名前には心当たりがある。
「……氷帝?」
東京から越してきたて言うてたし、の元居た学校て氷帝なんかもしれん。せやったら、この間の電話の相手も氷帝の奴らやったってことなんやろうか。
「――うん。うん、よろしく。じゃあまた明日!」
が電話を切ったのを見計らって、俺は校舎の影から一歩踏み出す。砂を踏む音がやけに大きく響き、がハッとした様子でこちらを振り返った。
「財前……何か用?」
熱のない声は、まるで無。感情の欠片すら感じ取れない声に、無性に腹が立った。
「が笑ってんのて初めて見たわ。……ちゃうな。正確に言うたら、この前河川敷で見たんも合わせて二回か」
「二回って、私そこそこ笑う方だと思うんだけど?」
小首を傾げたは、当てつけのように笑ってみせた。電話ん時とは全く違うんやなと感心すら覚える。
「そういう作りもんのやつやったらな」
肩を竦めて切り返すとは笑みを引っ込め、細く深く息を吐いた。無言の肯定。
「なぁ、普段の笑みが作りもんなら、何で女には笑わんかったん? 笑てたら反感も買わんで済むやん」
素朴な疑問。
は暫らく口を噤んどったけど、何度か俺の方をチラチラと見て、観念したように口を開いた。
「……しないんじゃない。できないのよ」
吐き出された声はかすかに擦れ、今にも消えてしまいそうなほどに小さい。言葉を聞き逃さないためにと、俺は数歩との距離を詰めた。が、その分が後ろにさがる。
きっとこのまんま続けたとこで、この距離は縮まらんのやろな。
早々に諦めて、俺は大人しく耳を澄ますことにした。
「できんって何でなん?」
はわずかに空を仰ぎ、また押し黙る。
それでもずっと何も言わんと待ち続けとったら、こちらが折れる気はないと見てか、億劫そうに唇を動かしはじめた。
「……前の学校――氷帝に、仲の良い男友達がいたの。彼は沢山練習して、気付いたら二年でレギュラーになってた。彼の先輩たちとも馬が合って、会話する機会が増えた。けど、それと同時に嫌がらせもはじまったわ。それでも別に嫌がらせされるのは我慢できたの。だって、仲のいい女友達がいて、彼女たちは私を庇ってくれたから。むしろ私は幸せだと本気で思っていたくらい。だけど――」
言葉を区切ったは、自嘲を浮かべて「わかるでしょ?」と言った。
わかり易すぎるフラグ。
「ありがちな話よね。黒幕は私が仲良しだと思ってた女友達だった。……女って怖いわよね。それ以来、女の子の前だと表情が強張るの。笑わないんじゃい。笑えない。ただそれだけのことよ」
吐き捨てるように言い捨て、は足早に俺の横を通り過ぎようとした。けど、俺は行かせてたまるかと彼女の手首を掴んでとめた。は軽く前につんのめり、原因の俺を睨んできた。
「何なのよ一体!」
「もひとつ聞きたいことがあんねん。自分、何でテニス部に近づいたん?」
掴んだ場所からの脈が静かに伝わってくる。
答えを待つ間、妙に喉が渇いて思わず生唾を呑み込んだ。
「……好きなのよ」
返ってきたんは、もしかすると一番期待外れの答え。
他の女とは違うと思ったのに、なんて言うのはお門違いってやつなんやろな。少しの失望と共に掴んでいた手を離す。
「で、誰が目当てなん?」
「誰って? 私が好きなのはテニスよ」
「けどレギュラーに近づいて――」
「あれは! あれは、忍足先輩の写メが欲しかったから!」
否定を無視して言い募ると、慌てた声で遮られた。
が、不快そうな表情はともかく、言葉は何の否定にもなっとらん。
「それこそ、好きだからやないん?」
そういやさっきの電話で言うとったなて思い出したけど、このまま行かせてまうんが嫌で、咄嗟に適当な言葉が口をついた。
「違うわよ! あれは、みんなが私がこっちに馴染めてるか心配してたから、侑士先輩の従兄弟もいるから大丈夫だって言っちゃって、それで、その……そもそも私の好みはああいう明るいタイプの人じゃないっていうか――」
「ぶはっ」
あんまりにも必死に否定してくるからおかしなって、思わず噴出してもうた。
「へ?」
堪え切れん笑いに気付いたが不可解そうに首を傾げとる。
きょとんと呆けてこっち見とるんが異様に間抜けで、更に笑いを誘う。やばいて思って慌てて口を手で押えたんやけど、全然隠せてへんて自分でもわかる。
「ははっ、あーもうあかん。少しからかっただけや」
適当に言うただけやし、からかったてのも『結果的に』ってことにはなるけど、まぁ間違いではないやろ。
「なっ!」
言葉を失い、口を金魚みたく開け閉めしとるは、お世辞にも可愛ええとは言えん。
けど――。
「作り笑いするくらいやったら、そういう顔してた方がええんとちゃう?」
言いたいことだけ口にして、俺はまだ固まっとるの頭をポンと叩いて来た道をゆっくりと引き返しはじめた。
ハーレムなんて夢のまた夢
(……らしいで謙也?)
(ど、ど、ど、どないしよ白石! 俺思い切りケータイ折ってもうたし!)
(せやなぁ~、とりあえず絡みに行ってみよか。あの子もテニス好き言うてたしな)
(お……おん(せやけど、あんなハッキリ好みやないて言わんでも……はぁ))
▽あとがき的な何か▽
えーと、甘く……はない。どころか、微嫌われといいますか;
誕生日夢なのでBADエンドではないですが、ねぇ? すみません。
加えて財前の似非度が半端ない。財前、超絶キャラを掴めませんでしたorz
そしてそして、関西弁も行方不明。
そしてそしてそして、呼称とかおかしかったらすみません。
色々残念な当作品ですが、読んでくださったお嬢様方ありがとうございました。
また次の季節でもお会いできれば嬉しいです。
ちなみにタイトル後のやりとりは、二人を発見した白石と忍足のものです。どうやら草葉の影から見ていた模様……ってことにしといてください。説明不足ですみません;
お題借用先 輝く空に向日葵の愛を 様
桜花@Black Strawberry (2012/08/31)