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君に名前を呼ばれた気がした

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「…………」


 風に乗って流れてきた声に振り返る。それはにとって聞き慣れた……いや、聞き慣れていた、大好きな大好きな幼馴染みの声にとてもよく似ていた。
 しかし振り返った場所に、彼――工藤新一の姿はなかった。
 彼が行方を眩ませてから半年。もう随分と長い間声を聞いていない気がする。最後に電話があったのが一週間前なのだから、そんなはずはないのに、半年前まで殆ど毎日顔を合わせていたせいだろうか。
 風に紛れるようにため息を落とすと、制服のスカートをツンと引っ張られて、は慌てて視線を下に向けた。


姉ちゃん?」


 そこに居たのは江戸川コナン。のもう一人の幼馴染みである、毛利蘭の家に居候している小学生である。彼は子供らしからぬ深慮の滲んだ目で、を見上げている。
 どうやら自分を呼んだ声は幻聴ではなく、小さな彼のものであったらしい。はコナンの頭にそっと手を乗せて内心で小さく苦笑した。心配させてしまったようだ。


「ごめんごめん。小さくて見えなかったよ!」


 誤魔化すようにおどけた素振りで言えば、コナンの顔が僅かにゆがむ。どうやらの言葉は彼の自尊心を傷つけてしまったらしい。小学一年生でも身長とか気にするのかと、妙な感心を覚えながら、は「ごめん」と今度は本音で謝った。コナンはやや胡乱気な表情を見せながらも「いいよ」と許してくれた様子。何というか、大人だ。


「それで、コナン君迎えに来てくれたの?」

「迎え? えっと……姉ちゃんを見かけたから声かけただけだけど?」


 私の言葉に首を傾げている様子からして、本人は今日が何の日であるのかも、今日の予定もすっかりと忘れてしまっているらしい。


「コナン君さ、もしかして今日が何の日か忘れちゃってる?」

「今日?」

「そ。私蘭からコナン君の誕生日パーティーに呼ばれてるんだけどな?」


 プレゼントも用意したんだよ? と笑えば、コナンくんは大きな瞳をパチリと瞬いた。どうやら本気で忘れていたらしい。
 こんなとこまでそっくりとか、嫌になる。
 幾度も思った。似過ぎている顔立ちや推理力。まったく同じな誕生日。
 にはコナンと新一がそっくりに思えて仕方がなかった。それこそ、何から何まで。
 だからだろうか、新一の声が聞こえた気がしたのは。
 は帰らない幼馴染みを想うと、それを振り払うように頭を振った。


「さ、というわけで参りましょうか、コナン君?」


 手を差し伸べると重ねられた小さな手。子供特有の温かさに微笑みながら、はコナンと共に橙に彩られた帰り道をゆっくりと歩き出した。







title by chocolate sea
(2013/05/04)

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