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ラブレターが辻斬りにあいました

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「――良かったら私とお付き合いしてください。っと……よし、完成!」


 書きあがったばかりのラブレターを読み返し、不意に恥ずかしさがこみ上げる。字は大丈夫か、文法に変なところはないか、便箋はもっと可愛いものの方が良かっただろうか……。考え始めるとキリがない。


「はぁ。書いたはいいけどどうやって渡そうかな……」


 告白なんて初めてで、何をどうしていいものかまるでわからない。
 とりあえず夜中に書くと文章がおかしくなると聞いて、起きてから朝一で書いた。いつもより早く起きたはずなのに、時計を見ればすっかり遅くなってしまっている。……なんて言ったって、まだ四時半だけど。


「四時半!?」


 やばい!
 私は急いで着替えに取り掛かる。何故なら――。


!」

「うひゃ! ちょ、お兄ってばノックくらいしてよ!」


 脱いだばかりのパジャマを胸に抱えて侵入者を威嚇する。この兄はデリカシーという言葉を、いや若さってものを母さんのお腹の中に置き忘れて生まれてきたに違いない。


「な、な……」

「顔を赤くしてどもる暇があるなら襖閉めろっての!」


 おっさんみたいな顔して頬染めたって、可愛くもなんともない。私は襖に歩み寄ると、お兄の目の前で襖を勢い良く閉めてやった。「襖なのにノックとはどういうことだ!?」とか気を取り直したらしいお兄は叫んでいるけど、それは気分ってものだと理解して欲しい。ノックが無理でも声くらいかけろっての。


「今日の稽古はどうしたのだ!」


 どうやら完全復活したらしい。朝稽古をさぼったのは悪いと思うけど、何だかこう……暑苦しい。私は少々げんなりしながらも適当に謝りながら着替えを済ませたのだった。


****


 人気の疎らな朝の通学路をお兄と一緒に歩く。
 私の登校時間はお兄に合わせてるからとても早い。帰宅部なのに無駄だとか言うなかれ。お兄曰く「変な輩も居るからな」だそうだけど、私は基本的に強い。守られる必要なんてないくらいには。
 だけど、朝早く来ればその分――。


「弦一郎、、今日も一緒か……」


 後方から聞こえた声に後ろを振り返ると、


「蓮二か」


 そう、私がわざわざお兄に合わせて家を出る十割十分、つまり全てが柳先輩と会えるからと言っても過言ではない。
 流石にお兄には言えないけど。


「お早うございます!」

「あぁ、お早う」


 お兄とは違う柔らかな物腰に思わず頬が緩みそうになって、私は慌てて表情を引き締めた。暫く三人で世間話をしていたけれど、柳先輩とお兄は部活の話を始めたので、私は一歩後ろに下がって二人の様子を眺める。
 にしても、本当にこの二人は中学生なのかと疑問に思ってしまう。
 長身な上にスポーツで鍛えているからか、二人とも体が大きい。しかもお兄に至っては老け顔だしね。そう考えるとお兄ってちょっと可哀想だ。なんていうか損してる気がする。厳しい表情を浮かべることが多いせいか、整った顔立ちしてる割にモテないし。や、実際はモテてるけど告白までには至らないんだっけ?
 とにもかくにも、そんな彼ら、いや柳先輩から見て私みたいな子供っぽい子じゃ、きっと恋愛対象にはならないに違いない。しかも柳先輩を好きな子って皆大人っぽくて綺麗な人ばっかなんだもん。


「はぁ……」


 考えれば考えるほどに鞄に突っ込んできたラブレターが何だかむなしく思える。どうやって渡すも何も、渡したって無駄なだけかもしれないのに。


? どうかしたか?」

「へ?」


 気がつけば二人してこちらを心配そうに見ている。状況が掴めずに首を傾げていたら、柳先輩がそっと私の頭に手を乗せてきた。


「悩みがあれば言うといい」


 この人、もしや分かっててやっていたりするのだろうか?
 そんな疑念を抱いた私に罪はない……と思う。


「いえ、悩みなんてないですよ」


 私は「ほら、行きましょう」と二人を促し、頭上の温もりをそっと押し戻して歩き出した。その時、柳先輩が少し寂しそうな顔をしていたことにも気づかずに。


****


 いつもならテニス部の朝練を観てから来るんだけど、今日はそんな気分になれず早々に教室に足を向けていた。一番乗りは気持ちが良いけど、誰も居ない教室は少し埃っぽい。
 窓を開けて空気を入れ替えよう。
 鞄を机に放って窓の方へと足を向ける。


「――ん。これでよし」


 廊下側の窓まですべての窓を全開にして、一仕事終えた気分で私は自分の席に座った。
 ――パコーン。パコーン。
 開けた窓から飛び込んでくる音。リズミカルなインパクト音はテニス部だろうか。他にも色んな音がするはずなのに、つい意識が偏った方向にだけ反応する。何だか不思議だ。


「はぁ……にしても」


 鞄の中から今朝書いたラブレターを出してパンと指先で弾く。ペラリと不安定に揺れる様が今の自分自身のようで、少し情けない気分になる。
 渡すべきか。渡さざるべきか。煮え切らない己に次第に腹が立ってくるというものだ。


「あーもー情けない!」


 誰も居ないことをいいことに大声で胸の内を吐き出すと、机に突っ伏し、そっと顔を伏せた。伸ばした手に持ったラブレターはただの紙にすぎないのに、嘘みたいにズシリと重い。それでも、それが自分の柳先輩への気持ちの重さだと思うと愛おしいような苦しいような想いが胸に満ちる。
 この想いを簡単に手放すことも諦めることも、どうやら私には無理のよう……だ?


「な、なに!?」


 突然手の中の手紙が抜き取られ、慌てて顔を上げる。目の前には鬼のようなお兄がジャージ姿で仁王立ちしていた。気のせいかプルプルと震えてるし……。


「ちょっとお兄、それ返し――」

「たるんどる!」


 私の声を遮るように一喝すると、何を考えたのかお兄は私の眼前でビリビリと手紙を破り始めたではないか!


「ちょ、お兄やめてよ!! 返して!」


 もはや紙くずに過ぎない手紙をお兄の手から分捕り、お兄を睨み付けた。


「一体何なのよ!」


 目頭が熱い。
 泣くつもりなど微塵もないのに。稽古でどんだけきつくても、苦しくても泣いたことないのに。


「中学生が不純異性交遊など罷りならん!」

「だ・れ・が不純だって!? そんな老け顔で昭和なことばっか言ってるから、みんなに影で『おじさん』なんて呼ばれんのよ!」


 素早くお兄の顔に平手打ちをかまして、私は教室を飛び出した。


「お兄なんか大っ嫌い!!」


****


 もうすぐ授業始まっちゃうな〜。
 少しずつ陽の高くなってきた空を仰ぎながら、まだほんのり暖かいだけのコンクリートにごろりと横になる。暫くすると、コンクリートはじんわりと石特有の冷たさを訴えてくる。


「……はぁ」


 そよぐ風に流れる雲を見て、手の中に納まった、手紙――だったものをぐしゃりと握りつぶして唇を噛んだ。
 空がゆっくりと霞み、溶け、こめかみを幾重もの水滴が伝う。嗚咽を堪えるように力を加えた唇からは、甘く苦い鉄錆の味が滲んだ。
 手の中の想いは、私にはやはり相応しくなかったのだろうか?
 緩んだ手のひらから手紙の残骸がコロコロとこぼれ落ちていった。風に流され、このままどこかへ行ってしまいそう。ぼんやりと横目で眺めていると、誰かが紙くずを拾いあげた。視界はぼやけたままだし、逆光だしで、誰かなんてわからない。
 誰だろう?
 ラブレターを誰かに読まれる躊躇なんて、今の私にはない。そもそもこの学校に柳先輩を好きな子は五万と居るだろうし、何の関係もない人物に知られたところで痛くも痒くもないからだ。


「こんな所に居たのか。弦一郎が心配しているぞ」


 が、これはない。
 この声には聞き覚えがある。というより、いつも追っていた声だ。それにお兄を下の名前で呼ぶのなんて、この人くらいなんだから――。


「やなぎ、せん……ぱい」


 私は身を起こしてただ呆然と彼の人の名を呼ぶ。朝の陽射しを浴び、芥子色のジャージに身を包んだ片想いの相手を。


「弦一郎から聞いた。弦一郎は今朝の様子で何かを悩んでいると思い、お前の教室まで行ったらしい。だが、そこで見たのはラブレターを持って悩む妹の姿。弦一郎はシスコンだからな。思わずカッとなり、手紙を破いてしまったらしい」


 あの顔でシスコン? とか、心配してくれてたんだ? とか、手紙を破られたのは許せないけど、胸の中の澱んだ気持ちがほんの少し消えていくのがわかる。結局わたしもブラコンってことなのかもしれない。……気持ち悪いな。
 って、それはともかく、現状は芳しくない。
 急いで立ち上がり、柳先輩に歩み寄った。


「あ、あの……それ…………」


 私の書いた手紙の残骸は現在柳先輩の手の内にあるのだ。むしろ一大事である。
 とにかく読まれる前に取り返したい。




「えっと……はい?」


 運が良いのか、人の手紙を読むという野暮なことをするつもりはないのか、ひとまず彼が手紙を読む気配はない。それでも、返事をしながらもつい、私の気持ちはどうしても手紙の方へと向かってしまう。


「好きだ」


 好きだ?
 私もですけど、だけど、え? 今何て言った!?
 好き?


「…………はい!?」

「俺はお前に好意を寄せている。お前が誰を好いていようとも、だ」


 風が流れる。
 私の髪も、向かい合った柳先輩の髪も、そして私の心にかかった鈍色の雲すらも押し流していく。私は――。


「わ、私も。私も、柳先輩が……好きです。その手紙も、本当は柳先輩に渡し――」


 不意に体を包んだ温もりで、抱きしめられたと知る。ほんのり香る柳先輩の匂いに、心臓が痛いくらいに動いて落ち着かない。でも、ずっとこうしていたいような気もして。私はそっと目を閉じた。




ラブレターが辻斬りにあいました




「ではこの手紙は俺が頂いておこうか」

「え!?」

「このまま渡したらお前はこれを捨ててしまうのだろう?」


 私は柳先輩の意図が出来ないまま、無言で頷いた。
 見返せば恥ずかしいし、既にビリビリのグシャグシャだし、とっておく道理がない。


「俺への気持ちを捨てさせたくはない。それだけだ」


 柳先輩はそう言うと、私の返事も待たずに手紙の残骸をジャージのポケットへとねじ込んだ。一瞬止めようかと思ったけど、その表情があんまりにも優しくて、私は何も言えず、ただ抱きついたままの先輩のジャージをキツく握り締めた。


****


あとがき

最後まで目を通して頂き、本当にありがとうございます。
毎度毎度ギリギリ……申し訳ございません。嘘を申しました;
今回は間に合いませんでした。はい。
主催者なのに情けない話ですね、猛省します。
ところで柳夢は初書きです。この企画を立ち上げてから、今まで書く機会のなかった子の夢を書くことも増えました。楽しいですね。
読んで下さったお嬢様が少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
それでは次回のラストシーズン秋にてお会いできることを祈りつつ。

友人に見せたところ「真田のフォローしたげて」とのことでしたので、もしお嬢様さえ宜しければ《おまけ》をどうぞ↓


****


おまけ
後日談(……数分後?)


「す、すまなかった」


 教室に戻ると、お兄が私に向かって頭を下げて謝ってきた。それも九十度の見事なお辞儀付で。幸いにも教室にはまだ誰も訪れていないようで、そのことに僅かに安堵する。
 こんな情けないお兄、柳先輩はともかく、他の人には見せたくないもん。


「頭上げてよ。私だってお兄引っぱたいたし……それでチャラにしたげる」

「だが、それでは俺の気が済まん!」


 ガバリと顔を上げたお兄に譲る気配は微塵もないようだ。真っ直ぐすぎる目が怖いくらい。でも別にして欲しいこともないし、謝ってくれたなら私にはそれで十分だ。


「別にいいってば!」

「だが!」

「いい!」

「しかし!」

「もーいいって言ってるでしょ!」

「そのことだが弦一郎」


 中々折れないお兄をどう止めるべきかと知恵を絞っていると、不意にずっと黙っていた柳先輩が口を開いた。

「何だ蓮二? 今はと話しているのだが」


 不本意ながらお兄の言う通り今は少々取り込み中だ。
 でも、一体何なんだろう?
 私もお兄と揃って首を傾げる。


「これ以上謝る必要はないだろう。結果的にお前の行動が恋のキューピッドになったことは確かなようだしな」

「恋の……キュー、ピ?」


 わけがわからないと怪訝な表情を浮かべるお兄に、柳先輩は鷹揚に頷いて見せ、私の腕を掴んで自身の方へと引き寄せた。


「俺たちは交際することになった。一応お前には報告しておく」


 淡々と告げる柳先輩に、私の方が赤くなってしまう。お兄はといえば、未だに状況が理解できないのか、しきりに私たち二人を交互に視線で追い、


「な、な、な、な、なに――――――!?」


 数度のどもりを挟んで絶叫した。
 無人の空間にデカデカと響く声は凶器だ。耳を塞いでお兄の頚動脈目掛けて思い切り脚を振り落とす。無防備な状態の首に脚が見事に入ると、一瞬息を飲む音がしてお兄は黙った。


「はぁ。ほんと勘弁してよね? 柳先輩、お兄連れて練習戻ってください」

「あぁ、そうしよう」


 然して動揺もせず頷くと、柳先輩はお兄を引きずるようにして歩き出した。私はそんな二人の後姿を見送り、朝の予習をすべく鞄から教科書を取り出したのだった。


****


フォローになった……かな?(笑)
微妙なおまけですが楽しんで頂ければ幸い。それではまた!


お題  ロストガーデン 様
Black Strawverry 桜花 (2011/09/01)



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