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猛獣の飼い方10の基本

00-プロローグ

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はじまりは神が持て余した暇を潰すための単なる遊びに過ぎなかった。


『……あのこにしよう』




****




今日は友人、恋華に貸していた『HUNTER×HUNTER』のコミックスが返って来る日。
紙袋に収められた三十冊分の重みが私の腕に乗っかり、その帰還を肌で感じた。


「うん、幸せの重み!!」

「あんたって……バカよね」

「でさ、どうだった?」

「面白かった。私も集めよっかな〜」

「いいじゃん、そうしなよ!」


私の趣味の1つに布教活動というものがある。
ヲタクとも腐女子とも言える私と話が合う人間が少ないため、自分からアグレッシブに気に入った作品をお薦めして同志を少しでも増やすというのが主な活動内容である。
先日の布教活動はどうやら成功を収めたようだ。


布教したものは今日手元に戻った『HUNTER×HUNTER』。


ちなみに余談だけど、私の御贔屓は専ら旅団。
いや、猫目でさらさらロングヘアーなイルミも大好きなので専らとは言えないか。

……うん、細かいことはまぁいいや。

でもって、甲乙付けがたい彼らの中でも一番のお気に入りは、小さい身体で片言な喋り方が萌えポイントのフェイタン!!
本人に言ったら瞬殺されるだろうけど、なんせ相手は本の国の住人ですからその心配も無い。


実に平和だ。


『そりゃ残念だ』


――――え?


幻聴?
確かに昨日は寝不足だったけど授業中に寝たから不足分は取り戻したはずだ。
……きっと気のせいに違いない。


『気のせいなもんか。……平和なんてもんは一寸先にはどうなるのかわかんねぇもんだぞ?』


隣を歩く恋華は何やら今日出された課題の愚痴を始めたようだが私はそれどころじゃない。
だんだんとその声すら遠のいて行く。
視界がグニャリと歪められたのに気づいて隣を見ると、恋華は足を踏み出した状態のまま静止していた。
そう、言うなれば


……時が止まった状態だ。


――――ヤバイ。


本能が危険だと告げている。
恋華の腕を引っ付かんで、逃げる為に来た道を逆走するつもりだった。
しかしどんなに引いても彼女はその場に固められたように動かない。


絶対に不味いって!


『きっとお前にとっても損じゃないさ。……俺の暇つぶしに付き合えよ』


歪められた視界、この場合空間と言っても差し支えないだろう。
それが私を吸い込もうとする。私だけを!!

このまま連れてかれてたまるか!
だいたいあの声の主は一体何者だというのだ。
それによりにもよって『暇つぶし』ときたもんだ。


「例え神だろうと仏だろうとそんなくだらない理由で私の平和を脅かされてたまるかァ!!!」

『勘がいいな。ま、餞別くらいやるし頑張って来い』


引き寄せる力が徐々に増して私は恋華の腕を掴んでいられなくなった。
手から力が抜け、掴み直そうとした次の瞬間私の手が掴んだのは――虚空。




こうして逃げたい気持ちに反して支えを失った私は歪みの中心へと引きずりこまれたのだった。



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