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猛獣の飼い方10の基本

01-あるていどのきけんをかくごしましょう

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――――どういうこと?


現在地……どっかの建物の中。
辺りをキョロキョロと見渡すと、展示物らしきものがチラホラ。
もしかすると美術館か博物館かもしれない。

所持品……薄っぺらい本一冊。
表紙には『猛獣の飼い方10の基本』という一見物騒なタイトル。
私こんな本買った覚えないんだけど。
つかペラ過ぎでしょ。


え――、皆さんもでしょうが私もさっぱり状況が理解できません。




状況を整理すると、


変な声がした → 変な歪みに引きずり込まれた → ここ。


だ、駄目だ。
さっぱりわからない。

最後に勘がいいとか言ってたしこんな非常識っぽい状況を生み出してるってことはやっぱりアレって神とか仏とかなのだろうか。
何か如何に信心深くない私でもあんなのが神とかだったら嫌過ぎる。
信仰心強い人とか勢いで気絶しちゃうんじゃない?

まぁ今こんなこと考えても埒が明かない。
それにそんな答えのでない問題などより余程深刻な問題がここに生じている。


そう深刻な問題。




それは今が夜であるということ。


それの何処が深刻などと言う無かれ!

建物内は真っ暗だし、人なんて勿論居ない。
もしかしたら見回りの人とかは居るかもしれないけど、今のところ全く見かけてないから居ないも同然。
つまり何が言いたいかと言うと……怖いのだ。
それも物凄く。

だいたい夜に美術館やら博物館やらに1人で居たら誰だって怖いと思う。
て言うか私は怖い。
だってあの絵もいつ動くかも知れないし、あの宝石には呪いがあるかもしれない。
視界に入る展示物が夜闇の中不気味に見えて仕方が無いのだ。


「って、これは……」


目に留まったのは展示物を説明する文章。
展示物を日光から守る為に四方をほぼ壁面で覆われていたが、一面だけガラス張りになっていた。
そこから差し込む月明かりが照らし出したそれを見て私は見入るようにそこだけを見つめた。
展示物に説明が付いているのは美術館や博物館の常であって、全くおかしいところなどない。
ないのだけれど、その文字が頂けない。








「ハ……ハンター文字?」


そこには愛してやまない愛読書『HUNTER×HUNTER』で使用されている文字がツラツラと綴られていたのだ。
もしかすると違うかもしれない。
似たような文字を使う国が存在するのかも?


――ってどっちにしても不法入国じゃん!


これならいっそ『HUNTER×HUNTER』の世界にトリップしたって言われた方がマシな気がする。
というかそれだったら嬉しい……かな?
うん。
大好きなキャラに会えるならこれはきっと幸運だ!!
それに現実問題として、トリップだと言語が障害になる可能性低い気がする(あくまで気がするだけ)。
威張れることじゃないけど私は英語なんて本当に片言しか話せないからね!

あ、とりあえず手元にある本でも見てみるか。
たぶん声が言ってた餞別ってこれだろうし。
というか他に何も持ってないしね〜。
私の『HUNTER×HUNTER』……無事だといいけど。

持っていた筈のコミックスの代わりに持っていた薄っぺらい本を開いてみた。




喜べ、お前今異世界にいるぞ☆
どんな世界かはすぐわかるんじゃねぇか?


ま、死なないようにこの本参考に頑張れよ!



こんな薄っぺらい本ひとつでどうしろと言うのだろう。
帰り方も帰れるかもわかんないし。
☆マークとか嫌がらせにしか感じない。

だいたい猛獣の飼い方って……落とす場所間違えたとか?
……そもそもこれって夢じゃない?
そうだ夢に違いない!






――――ヒュッ!


「な、何!?」


何かが私を掠める気配に私は体を捻って右に避けたのだが、完全に避け切れなかったようで左腕に鋭い痛みが走った。
痛み?
痛む腕に触れるとヌルッとした感触。
手に付いたそれを見ると正体は一目瞭然。


血だ。


そっか、やっぱ夢じゃなかったんだ……。


「お前何者ね」


――――!?


音源にチラリと視線を向けると私は瞬時に固まった。


なにその独特の喋り方。
なにその黒い服。
なにその首元まで隠してる感じ。
なにそれ……傘?


「ふぇ……」

「お前今何言おうとしたか?」


咄嗟に彼の名前を呼んでしまう所だった。
慌てて口を閉ざしたにも関わらず何かを感じ取ったのか訝しげにこちらを睨んでくる。

ってかこのままじゃ即死だ。


「ちょ、ちょっと待って!」

「待つわけないね!」


まずいって。フェイタンだよ!
適うわけ無いじゃん!!
ってことは『HUNTER×HUNTER』の世界で間違いない。

やったね!来て早々フェイタンに会えた!
かなりラッキ……いや、そんなことより今はそれより命が危ない!!!

そもそも私武器とか持ってないよ?
持ってるのっていったら……薄っぺらい本。
盾にすらならんわ!

向かってくるフェイタンの攻撃を紙一重で避けながら、ぺらぺらの本を見た。
タイトルは言わずと知れた『猛獣の飼い方10の基本』。


あ〜もうっ!どうせなら猛獣じゃなくてフェイタンの飼い方でも教えてくれればいいのに……。




ガッシャ――――ン!!!!




避けた拍子にフェイタンの傘がショウケースに当たってガラスが粉砕された。
これじゃ猛獣と大して変わんない……っていうかそれ以上に性質が悪い。
猛獣……そう、それだ!
私は迫り来るフェイタンをひたすら避けながら先程見たページの次を捲った。


「お前ふざけてるか!」


ふざける余裕なんてこれっぽっちもないんだって!
確かに戦闘中に思いっきり余所見するなんてフェイタンでなくてもそう思うだろう。
しかし本の中に助かる可能性があると信じてここは無視だ。


あるていどのきけんをかくごしましょう



なに?この1P丸々使ってたった一言って。
スペースのムダだ。
それより一瞬でも期待した気持ちのムダであるし、命のムダ使いだった。

何しろ相手はフェイタンである。
言われるまでも無く危険なのは知っている。
覚悟なんて今更だ。


「は、話し合いとか」

「そんなもの必要ないね」


……ですよね〜。

私が攻撃を避けられるってことは恐らくというか確実にフェイタンは本気を出してない。
このまま行くと確実に――死ぬ。
そう思った時、漸く本気で起こりうる危険を覚悟した。
今や死は冗談でなく近しい存在なのだ。

それにしたって初っ端から幻影旅団ってのはハードル高すぎだと思う。
しかも好戦的なフェイタン。

いくら好きでも殺されても良いなんて欠片も思っちゃいないのだから。

向かってきた傘を薄っぺらい本を丸めた棒で叩き落とす。
足を薙ぎ払おうとする蹴りを軽く飛んで避け、腹部に飛んできた拳をまた本で往なした。

特に格闘経験も無い私にしては頑張っている方ではないかと思う。
というより何で手加減してくれてるんだろう?






なんて、

悠長にそんなことを考えていた自分は本物の馬鹿に違いない。
そんな余計なことを考える余裕などなかったのに。
弱いくせに油断した。

後方に飛んで攻撃を避けた瞬間誰かの腕に捕まえられた。
ギギギッと嫌な音を立てながら振り返るとそこに居たのは幻影旅団団長クロロ=ルシルフル。
クロロの視線が私の手の中にある本に気づくと、彼は面白そうに僅かばかり口角を上げた。


「やめろフェイタン。これは連れて帰る」

「……わかたよ」


フェイタンは不承不承とは言え攻撃を止めてくれた。
何とか一命は取り留めたようだ。
ここで殺されなかったのは単に運が良かったからに他ならず、死んでいてもおかしくは無かった。


た、助かった。


それでも殺されずにすんだことへの安堵は抑えられず自然と体の力が抜けた。






そのまま意識まで手放してしまったのはきっと精神的疲労のせいに違いない。



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