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猛獣の飼い方10の基本
01F-あるていどのきけんをかくごしましょう
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『暇なやつはレイウッドシティに集合』という素っ気無いメール連絡を受け、ワタシはエイジアン大陸の南端に位置するここレイウッドシティに足を運んだ。
今回の仮宿は町の南西にある今は使われていない廃墟と化した4階建てのビル。
ガラス窓はそこかしこが割れており、風通しだけは抜群だった。
建物内の人の気配を辿ると入り口から一番遠い部屋の前にたどり着いた。
その部屋はかつては集会場にでも使われていたのか他の部屋よりも明らかに広い。
ただ、この一室は2階の床が崩落したためか1階と2階の境が無くなり、天井の高い1つの空間となっている。
部屋を見渡すと居たのは団長を含めて4人。
マチ、シャルナーク、ノブナガか。思たより少ないね。
「今回狙うのはレイウッドシティセントラルミュージアムに期間限定で展示される『ダークスタールビー』だ」
「それってあれでしょ? 死の黒星」
団長の言葉に反応したのはシャルナークだけだった。
他の団員たちは疑問の表情を浮かべ互いに顔を見合わせる。
「死の黒星……何だいそれ仮にもルビーなのにかい?」
「うん、宝石の中央が黒く星の形になってる良くある呪いの宝石の1つだよ。宝石的価値も勿論だけど、付きまとう噂に宝石以上の値段が付いてるっていう曰くつきの代物さ」
「噂だぁ〜?」
「ノブナガ煩いよ」
「……っ!」
「ノブナガはほといて答えるね」
「はいはい。死の黒星って名前の通り、持ち主に死を運ぶと言われている」
シャルナークが話す横でノブナガが煩かったが、マチが殴るとすぐに静かになった。
先を促されるとシャルナークはいつもの光景は気にも留めず、続きを説明し始める。
すぐ傍でノブナガがのた打ち回っているが害はない。
「別に珍しくも無い噂じゃないか」
「ここまでは、ね」
意味有り気に言葉を切ると、シャルはちらりと団長を仰ぎ見た。
「死の黒星は死んだ人間の周りの人間を幸福にするというオプションがある」
「そ、今団長が言ったオプションこそが宝石以上の価値なんだ。現に一番最初の犠牲者の親族は、今や億万長者。二番目も同じような話聞いたし、三番目は不治の病が治ったとか」
その先はお前が言えという目で見られ、シャルナークは再び説明に戻った。
要約すると持ち主には不幸を、周りの人間には幸福を運ぶというあべこべな宝石ということらしい。
「決行は明日の0時だ」
団長が言うと皆その場から散った。
****
シャルナークがセントラルミュージアムのマザーコンピュータをハッキングして得たデータによると、件の品物は最上階に展示されているようだ。
警備の人間は5人ということだったが、その全員が念能力者であることが伝えられた。
「障害物は5人。俺たちも5人。誰が最初にお宝ゲットするか競争しようぜ」
「うん、いいよ」
「別にどちでもいいね」
「いいだろう」
「アタシも構わないよ」
ノブナガが言い出したゲームに全員が同意したところで一斉にその場を離れた。
このセントラルミュージアムは5つの棟が最上階で繋がっているという珍しい造りの建造物なため、同じ道を行く者は居ない。
選んだ道を辿り進むと、警備員らしい男が目の前に立ちはだかった。
「……お前期待はずれね。本当にがかりよ」
目の前に立ちはだかり行く手を阻もうとした男は、図体がデカイだけでさして強くもなかった。
警備員が念能力者だと聞いていたため落胆は隠せない。
この道はハズレね。
今し方命の灯火の潰えた死体を一瞥すると、そのまま倒れた男の脇にある階段を駆け上がった。
セキュリティーシステムはシャルナークによって全て停止させられている為、残すは長い階段をひたすら登るという単調な作業と成り果てている。
「……誰か居るね」
最上階に近づく途中でその気配を感じ取った。
念能力者じゃないね。
警備員は全員念能力者とシャルは言てたけど間違えたか、あるいはワタシたちと同じ侵入者か。
まぁ、どちにしても殺てしまえば同じことね。
最上階は四方のうち一面が強化ガラスで造られており、月明かりがガラスを通り室内を仄かに照らしており、気配の主は探さずともすぐに見つけることが出来た。
件の人物は暫しガラスケースに覆われた展示物を見つめた後、手元に持っていた本を開いて読み始めたようだ。
こちらの気配には全く気づいた様子はない。
見る限りただの一般人。
ささと殺て終わらせるよ。
心中で呟くと同時に足を踏み出した。
――――ヒュッ!
「な、なに!?」
声のする方をゆっくり振り返って殺り損ねた相手を見遣る。
避けられるとは思てなかた。
ワタシは急所を狙たのに少女が抑えているのは腕、それもかすり傷程度。
それは目の前の少女に興味を抱いた瞬間だった。
「お前何者か」
月明かりに照らし出された少女の瞳には、戸惑いの色が色濃く滲んでいるように見えた。
そして目が合ったと思った瞬間、僅かに少女は体を強張らせて目を見開いた。
「ふぇ……」
「お前今何言おうとしたか?」
……ワタシを知てる?
クモの情報はどこにも流れて無いはず。
もし何か知てるなら生かしておく訳にはいかないね。
ただのつまらない相手じゃなかったかも知れないと思うと、自然と心が浮き立った。
しかしそれと同時に先程の一撃を避けたことへの警鐘が頭の中で響く。
「ちょ、ちょっと待って!」
「待つわけないね!」
言い放つと間髪おかずに床を蹴り傘で薙いだ。
数度に渡って繰り返す動作。
そのどれもを容易く避けられる。
それが何度か続くと少女は何を考えているのか再度本を捲り始める。
しかも月明かりに照らして読めるように位置まで少女の思うがまま。
手を抜いているつもりはない。
それどころか2度目の攻撃からは本気だった。
にも関わらず本の片手間に避けられていく。
何度も何度も月明かりに浮かぶ影を追うが捉える事が出来ない。
ガッシャ――――ン!
少女に向かって降ろされた傘は展示品を囲うガラスケースに当たってケースは粉砕された。
一般人という考えは早計だたかもしれないね。
よく見れば少女の持つ本からは何かの力が篭っている。
念能力を隠している念能力者なのか。
「お前ふざけてるか!」
掌で踊らされているような感覚がワタシをイライラさせる。
まともに相手にする必要すらないとでも言うつもりか。
頭の中からターゲットである『ブラックスタールビー』のことは露と消えてしまっていた。
あるのは目の前の少女への興味と苛立ち、そして己への苛立ちだけ。
「は、話合いとか」
「そんなもの必要ないね」
漸く本を閉じたかと思えばこの発言。
まだ弱者の振りを続けるつもりらしい。
またく意味がわからないね。
傘で首元を狙うが読んでいた本を丸めたもので払われた。
傘には【周】をしているのにである。
やぱりあの本は念か。
疑問を抱いたまま少女の足を一閃するも飛んで軽がると避けられた。
それならばと少女が着地する寸前で腹部に拳を突き立てようとしてまた本で往なされる。
一つ一つの動きに無駄が少ない。
相当戦い慣れしてるよこいつ。
再度攻撃をしかけた時転機は訪れた。
いつの間にか少女の背後に団長が佇んでおり、攻撃を避けて後ろに飛んだ少女を捕らえたのだ。
「やめろフェイタン。これは連れて帰る」
「……わかたよ」
団長を振り返る少女の仕草はあまりにも落ち着いていた。
表情に動揺は見られずただ真っ直ぐに団長と視線を合わせた。
まるで始めからそこに団長が居るのがわかてたみたいだたね。
ワタシには団長に掴またことさえ何か意図のあることに思えた。
クモであるワタシと対等どころかワタシを片手間であしらえる身体能力と併せ少女の持つ不思議な本。
いやに興味を惹く存在だった。
現に団長は少女の持つ本に気づくと興味をそそられたようで視線は以降一貫してそこに向けられている。
団長命令じゃ仕方ないね、それにあれ以上やてもきと勝負がつかなかたよ。
何せ相手は一度もこちらに攻撃を仕掛けて来なかたのだから。
不承不承ではあったが否を唱えることなく手を引いた。
気づくと少女の意識は闇に飲まれていた。
瞼はピタリと下ろされており開く気配は皆無である。
それすら演技なのかなんてワタシには判断できなかた。
最上階に到着したマチとシャルナークとノブナガの3人は団長が抱える少女に気づくと首をかしげたが特に何も言わなかった。
また団長の気まぐれだろうと。
5人は最初に決めた勝敗も有耶無耶のままに本来の目的だった『ブラックスタールビー』を盗ると仮宿へと颯爽と駆けていった。
そう言えば少女が意識を手放す寸前、少女の持つ本が妖しく光たように見えたけど団長には見えなかたようだ。
ずと本を注視してた団長が気づかなかたなら勘違いかもしれないね。
真相は未だ謎のまま。