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猛獣の飼い方10の基本

03F-せをむけてはいけません

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広間から出るとワタシは真っ直ぐに自室に戻った。

廃墟の一階は上層階以上に暗い。きっと月明かりが遠いせいね。

建物自体には、シャルナークが弄って電気は通っているらしいが、室内の蛍光灯は割れているか切れているかの二者択一。夜になれば必然的に建物の中は闇に包まれるのだ。

もっとも、生まれた時から似たり寄ったりな環境で育ったのだから、今更それを不便だと感じることもない。

室内に足を踏み入れ、迷いなくベッドへと足を向ける。マットレスに体を投げると、ガタンと潰れたベッドの脚がコンクリートを叩く音と共に、スプリングが軋んで大量の埃が舞い上がった。闇の中仰向けになり、わずかばかりの月明かりに照らされて白く舞う埃を睨む。

……か。

団長が連れ帰らせた女。そこら辺に居る一般人と変わらない雰囲気と、その雰囲気にそぐわない威圧感を同居させている変な女。異世界の人間というのは皆あんな感じなのだろうか。それともあの女が特別なのか。

鍛えられているとは到底思えない体つき。念能力者である自分たちを硬直させるほどの殺気。そう、オーラですらなかった筈なのだ。

どうにもアンバランスで、故に見ている側に脅威を抱かせる存在。

それでも冷静さを失わずに思考できるのは、偏に団長が団長のままだったからに違いない。あの異質な存在を前に不安を覗かせるでもなく、怯えるわけでもなく、ただ戦果に満足しているようなあの様子に安堵したのだ。蜘蛛は変わらない――と。

不意にの気配が屋上へと向かっていくのを感じた。

今更逃げるつもりがあるとも思えず、少しずつ上へと離れていく気配をそのまま放置した。そもそも逃げられたところで害はないのだ。寧ろ身中の虫を追い払えるならその方がいいくらいで。

ただそれではつまらない。そう思うのもまた事実。

数度の寝返りの末、舌打ちと共に体を起こした。すると、またもガタンという音が耳を突く。ベッドの傾きなど大して気にはならないが、身動きする度、乗り降りする度に大きな音を立てられるのは些か不快だった。


「……気に入らないね」


誰のせいかと問われれば、枷をつけた自身にあるのだろう。だがそもそも、が現れなければ枷をつける必要もなかったのだ。

なら、少なからずにも責任はある筈ね。

結論を弾き出したワタシはベッドを降り、クローゼットへと足を向けた。

数ある拷問器具に埋もれるようにして落ちている布を拾い上げ、軽く広げる。あちらこちらに残る血染みの痕。

以前拷問した相手の服の一部である。念でも込められたのか、死後何度捨て置いても自分の元に戻ってくる曰く付きの代物であった。それが特に面倒ということもなかったが、処分できれば一興。

出来なくとも多少の嫌がらせにはなるね。

ワタシは【絶】で気配を断つと、布一枚を手に足取りも軽く部屋を後にした。


****


階段を登り、屋上へと繋がる扉を音もなく開く。緩やかに頬を撫でる夜風を感じながら視線を巡らせる……までもなく、目当ての人物は発見できた。

どうやらまたあの本を読んでいたらしいが、ワタシの存在に気付いているのか、近づく前に読んでいたと思しき本は素早く閉じられてしまった。――にもかかわらず、は本を己の横に放置してその場に寝転んで動かない。こうなると意図がさっぱり理解不能である。

ワタシを惑わせようとしてるか?

どうすべきか迷い、中々近づくことができない。何度となく歯噛みし、ようやく足を動かしに近づいた時には、彼女の瞼はしっかりと下り、固く閉じられていた。狸寝入りを疑いながらも、起き上がる気配は皆無。微かな寝息が穏やかに響くばかりである。

ワタシは持っていた布をの顔に掛けて視界を塞ぎ、【絶】を止めると手を【周】で覆い、風にページを捲られることも無い不可思議な本に手を伸ばした。何の問題もなく手の中に納まった本。

だが、ページを捲ろうとした瞬間。バチッと何かが弾けるような音を放ち、本はワタシを拒絶した。【周】で覆っていたというのに、ピリピリと痺れる指先。何もしていなければ、痺れるどころか爛れていただろう。

痺れの残る両手を数度振り、足元に落ちた其れに再度手を伸ばす。

――が、本は頑として中を見せようとはしなかった。

やはり持ち主しか捲れない仕組みにでもなっているのだろう。

本を持ち去るか迷ったものの、結局持ち去った場合発動する念があるかもしれないと思ったワタシは、本を元の位置に戻して屋上から飛び降りた。

考えて見れば、手に取った段階で何かしらの念が発動していたかもしれない。


あぁ、だからか。


団長がを連れ去る時、一度も本に触れようとしなかったことを思い出して、妙に納得したのと同時に地上に着いた。

屋上を振り仰ぐ。

横たわっているはずの少女の様子など当然見えるはずもなく、代わりとばかりに空に煌々と輝く満月が目に飛び込んできただけだった。



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