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それが恋に落ちた合図だったなんて、

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「ねえ仁王、欲しいものとかある?」

「ネジとドライバー」


 即座に切り返された答えに、私の表情筋が意味もなくひくついた。
 ……まずは冷静になろう。相手は仁王なのだから、このくらい想定の範囲内じゃないか。
 若のためだ。若のため。脳裏にキノコヘッドの友人を思い浮かべて精神を落ち着ける。


「一般的なテニス部男子に渡す誕生日プレゼントの参考に聞いてるんだけど」

「俺じゃって立派な一般的なテニス部男子ナリ」

「一般的なテニス部……っていうか、男子生徒は語尾に「ナリ」なんて使いません」

「プリ」

「まあいいや。で、そのネジとドライバーで何するの?」

「ピヨ」

「答える気はなし、と。何だよネジとドライバーって、そんなの誕生日プレゼントに渡したら頭ん中心配されるっての……いや、案外ウケるのか?」


 だんだんと何が正しいのかわからなくなってくる。いやいや。どう考えても若がそんなもの欲しがるとは思えない。まだ学校七不思議大全的な本とか、UMAの情報の方が食い付きがいいだろう。
 丁度隣の席だし、テニス部って共通点があったから聞いてみたけど、これは失敗だったかもしれない。というか、間違いなく失敗だろう。


「はあ……もういい。丸井にでも聞いてみる」


 アイツもテニス部だし、仁王と条件は同じだ。


「何じゃ。俺の誕生日プレゼントの話じゃなかったんか?」


 休み時間が終わる前にと席を立とうとして、ブレザーの端を掴まれた。いや離せよ。ペシリと手を払って「ナイナイ」と小さく手を動かす。


「いや仁王の誕生日とか知らないし」


 仮に知ってたとしてもプレゼントを渡すほど仲じゃない。それは丸井あたりにでも頼んどけよ。言外に興味はないと伝えたのに、この男はお構いなしらしい。


「12月4日ぜよ」

「聞いてないし」

「期待してるダニ」

「だが断る!」


 きっぱりと断言し、今度こそ丸井の席に向かうべく、私はその場を離れた。


***


 とまあ、これが一週間くらい前の話である。
 そして現在。何故かあれからしつこいくらいに仁王に絡まれている。


「なあ、ええじゃろ?」

「いやよくないし」


 最初は「何だ何だ?」と興味津々だったクラスメイトたちも、今では「またか」と、呆れたような視線を向けてくる始末。加えて日が経つに連れて何故だか仁王の見方が増え、私の戦況は悪くなるばかりだ。


、そろそろ折れてやったら?」

「いいじゃん誕生日プレゼントくらい」


 こんな感じで。


「だめだめ。甘やかさないのが我が家の方針だから」

「母親!?」


 冗談で受け流すのにもすっかり慣れたけど、仁王は何でそんなに私に絡んでくるのやら。ネジとドライバーなんて、ともすれば百均で手に入るアイテムだろうに。そんなに貧窮してるとは思えないんだけど。


「ね、ねえ仁王くん、わ、わ、わ、私が、その……」

「あたしが用意したげるよ!」


 中にはこんな風に自ら立候補してくれる女の子もいるというのに、


「遠慮しとくぜよ」


 この一言で一刀両断。隣の席に視線を流せば、一人は「そっか」と残念そうに俯いていたのだが、もう一人に思いっきり睨まれた。とんだとばっちりである。
 自然な素振りで視線を外して机に突っ伏した。
 本当に何考えてんだろうね〜コイツは。
 少し首を動かして仁王の方を盗み見る。あ。と思った瞬間にはもう遅い。視線が合ってしまった。慌てて逸らす間もなく、仁王の口元が弓なりに歪んだ。


「気は変わったかのう?」


 ニヤニヤとした笑みに「なわけないでしょ」と返しそうになって慌てて口をつぐむ。
 正直、これ以上この手のやり取りが続くなんて、それこそ百害あって一利なしってやつだろうとも思うのだ。
 静かな日常と些細な出費。天秤にかけるなら静かな日常に軍配が上がるのは、いつの間にやら遠ざかったそれが、どれだけ愛おしいか気づいてしまったからに他ならない。


「変わんない……こともないかも」


 何かに負けたような気分で口にした答えに、教室の騒音が一瞬にして止んだ。何だ何だと首を傾げていると、静寂は直様破られ、より一層大きな声となって降り注ぐ。


「ついにが折れたぞ!」

「あ〜、俺折れないに賭けてたのに……」

が折れないに賭けた奴、食券回収するからな!」


 待て待て待て。
 私の知らない間にクラス内で賭けの対象になってたわけ?


「ちょっと私にも一割よこしなさいよ!」


 当然の権利だろうと主張すると、「そうじゃないだろ!」とか「そこなの!?」とか、異論の声が聞こえてきたけど、そこに決まってる。
 そう言って反論してる間に、ノートを持ったクラス委員が近づいてきた。私にではなく、仁王に、だが。


「ほい仁王。五枚だったよな?」

「おん」

「『おん』じゃない。何? アンタも賭けてたの?」


 つまりそのために強請りまくってた――と。どうせ大した理由じゃないだろうとは思ってたけど、いくら何でもくだらな過ぎる。というか、それなら私にも一枚噛ませて欲しかった。って、それじゃ八百長か。


「プピーナ」

「誤魔化せてないからね?……まあいいや。ならこの話はぐッ……」


 言葉の途中で仁王の手で口を塞がれた。


「今更ナシとは言わせんぜよ。ほれ、これはお前さんにやるき」


 差し出されたのは食券二枚。ふむ。取引か。
 未だ口元から動かない仁王の手を退け、目の前の紙片をふんだくり、顎に手を当て、考えている風な表情を作った。


「そうだな〜。三枚で手を打たないこともない」

「……持っていきんしゃい」


 少しの沈黙の後に追加された一枚を遠慮なく拝借した。
 仁王の思い通りに動かされるのは尺だけど、うちの学校の食券三枚はそこそこの価値がある。もしかしたら仁王に渡すネジとドライバーを合わせてもお釣りが来ちゃうレベルだ――なんて考えると、尚更仁王が何をしたいのか不思議でしょうがない。けど、この際どうだっていいか。だってこれは紛うことなき意趣返しのチャンス。
 三枚の食券を財布にしまいながら、私は心の奥底でニヤリと笑った。


***


「あ〜、肩も首もバキバキ……」


 何もここまで頑張らなくても良かったかもしれない。
 凝りに凝った肩を手で解しながら、テーブルの上でキラリと光るそれに視線を落とす。
 帰宅してから数時間。晩ご飯も食べずに頑張って、ようやく完成したデコドライバーを見つめ、カーブにまで見事に施されたラインストーンを指でなぞり上げた。


「しっかし我ながら完璧だわ。……まあ、ちょっとやりすぎた感は否めないけども」


 デコドライバー。つまりデコレーションをほどこしたドライバーのことだ。
 隙間なく貼り付けたピンクのラインストーンに、小さなデコスイーツ。正直持ちにくいし、スイーツが地味に手のひらに刺さる。知ったこっちゃないが、実用にはおよそ向いてないのは間違いない。
 男子でこれもらって喜ぶ奴なんて――スイーツ辺りで丸井は喜びそうだけど、それ以外には――いない。はず。
 さすがにネジはデコるには小さ過ぎて断念したけど、意趣返しとしては、これだけやれば十分。


「ラッピングは朝すればいっか」


 もう空腹が限界だった。ドライバーを机の上に放置したまま、私は遅い夕飯をとるべく、リビングへと急いだ。
 翌朝。遅刻スレスレの時間に慌ただしく教室に駆け込んできた私を見て、クラスメイトたちから口々に「逃げたかと思った」だの「あ、来たんだ?」だの、失礼な言葉を向けられた。


「今日は遅かったんじゃな?」


 他人事のように言ってきた仁王に「テメェのせいだよ」と言いたくなったけど、既のところで思いとどまった。
 ラッピングを翌朝に持ち越したのは私の落ち度だし、なかなか上手くいかなかったのだって、私の手先が不器用過ぎたのが原因だ。仁王のせいにするのは流石に格好悪い。


「ちょっと寝坊しただけ。それよりこれ。例のブツ」


 鞄から取り出したのは、灰と黒の市松模様柄で覆われた小さな箱。言わずもがな誕生日プレゼント(笑)である。中を見た時のインパクトを最大にするため、包装紙は落ち着いたものを選んだ。ちなみに銀色のリボンを斜め掛けにしてある。

 教室中っていうと言い過ぎだけど、結構な視線がこっちの様子を伺ってるのが分かって、ちょっと居心地が悪い。ぼうっと箱を見つめて受け取りもしない仁王に焦れて、早く受け取れとばかりに突き出すと、ようやく仁王は箱を手の中に収めた。


「……ありがとさん」

「どういたしまして」


 どことなく鈍い反応に拍子抜けした気分だ。が、本番はここから。
 当初の目的であるデコドライバーを見た時の様子を伺うべく、さり気なく肩肘をついて視線を隣へ滑らせ固定した。

 途中担任が入ってきてホームルームがはじまっても、私の意識は仁王に向けられたまま。仁王は何かを観察するように、じっくり時間をかけて箱をくるくると回していた。かと思ったら、携帯を取り出して写真撮影。
 カシャッという音はしなかったから、専用のアプリでも落としているのかもしれない。

 何だかバカらしくなって視線を前に戻そうとした時、ついに仁王の手が包装紙を剥がし始めた。あと少しくらい付き合うか、と視線を戻して驚愕した。
 箱を開けた途端、仁王が笑ったのだ。デコドライバーを見て。
 嘲笑でも失笑でも苦笑でもなく、ただただ嬉しそうに。
 そんな使い勝手の悪そうなものを見て、どうしてそんな表情ができるのか分からなかった。
 ただ、普段とは全く違うその柔らかな横顔に、壊れ物のようにデコドライバーを撫でる優しい手つきに、私の中の何かが音を立てて弾けた気がした。


「……嘘でしょ」


 思わずこぼれ落ちた言葉の意味を解する間もなく、一限の開始を告げる鐘の音に思考が奪われ、全てはうやむやのまま立ち消えた。





(――私は絶対認めないけど)



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