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問1.幸せの意味を答えなさい。

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 冬は私にとって、とても特別な季節だ。凛と背を伸ばしたくなるような凍える空気も、澄んだ空に瞬くいくつもの星も大好きだし、何より、私にとって大切な日が、この月にはひっそりと隠れているのだから――。


****


「ほら」

「ありがと若。ん〜、これに生クリーム乗ってたら文句なしなんだけどなぁ〜」


 心浮き立つ甘やかな香りが、呼吸と共に胃に流れ込む。渡されたカップを覗き込めば、湯気を立てたココアの上に、白いマシュマロが三つほど浮いていた。


「文句があるなら――」

「ないでーす!」


 取り上げられそうな気配に、私は慌てて首を振り、カップを若から遠ざけた。若は物言いたげな視線を送ってはきたものの、面倒になったのか、それ以上何も言わずに、腰を下ろした。
 八畳間の和室には学習机とベッド、それに座卓が置かれ、座卓の正面には本棚が設置されている。
 緊張感もなく寛いでいる私だが、ここは私の部屋ではなく、若の部屋だ。
 斜向かいに座った若は、座卓の上の皿から、ココアに合うとは到底思いがたい濡れせんべいを選び取り、実に美味しそうに齧りはじめた。
 テレビの音すら聞こえない部屋で聞こえるのは、若がせんべいを齧る音と、互いの呼吸音、時計の秒針の音。あとは、ココアを飲み下す音くらいだろうか。
 無言が気にならない気心の知れた幼馴染。それが私と若の関係であり、全てだ。最近その関係に少し物足りなさを感じるのは、私が若を幼馴染以上の存在として見ているからかもしれない。
 何となく憂鬱になって、私は思考を別の方向へ向けることにした。


「そういえば、プレゼント何にするか決まった?」


 今月――十二月は若の誕生月だ。
 尋ねながら、私はここ数年のプレゼント遍歴を思い起こす。
 去年はスポーツタオル、一昨年はグリップテープ、その前はリストバンドだった。どれも若本人からのリクエストだ。
 手作りなんちゃらは、数年前のバレンタインに手作りケーキをあげて以来、全く要求されていない。暗に不味かったということなのだろう。失礼な話だ。


「あぁ、決まった」

「何?」


 今年はガット辺りだろうか? と、答えを待っていると、若は至極真面目な顔をして、ぽつりと呟いた。


「時間」


 と。


「えーっと、疲れてるもんね、そっか。時間かぁ〜。私が魔法使いなら何とかしてあげないでもないけど、ちょーっとハードルが高いかな〜なんて」


 あの跡部先輩から部長の座を引き継いだ若は、毎日をとても忙しく過ごしている。なるほど、疲れると人間は無茶振りをしてみたくなるものなのかもしれない。


「何か勘違いしてないか?」


 自分の考えにうんうん頷いていると、突飛な発言をしたはずの若の方が、訝しげにこちらを見ていた。
 何だろう。この居た堪れなさは。


「勘違いも何も、プレゼントは時間が良いんでしょ? って言っても、残念ながら、そういう特殊能力はないし、叶えてあげられそうにないんだけどさ」


「それが勘違いだって言ってるんだ」

「ん? 違うの?」


 首を傾げると、あからさまな溜息が斜め前から聞こえた。誰の、なんて問う必要は無い。若だ。


「感じ悪いなぁ〜」

「お前が変なこと言うからだ」

「はいはい。で、時間ってどういうこと?」


 待ちきれずに先を促すと、若は言い難そうに顔を背けて黙った。そんなに大事なのだろうか?


「欲しいのは、の……時間だ」

「私の?」

「あぁ」


 一瞬何かを聞き逃したような気はしたけど、聞き返すまでもなく、誕生日を一緒に過ごしたいということだろう。
 わざわざ言われなくても、毎年一緒に過ごしてるのにプレゼントにそんなことを求めるなんて――。


「いいよ。――けど、若ってば欲がないね〜、誕生日一緒に過ごして欲しいなんてさ。祝ってくれる人が居ないわけ、じゃないよね?」


 あっさりとした了承に、若は一瞬驚いたように目を瞬いた。が、継いで言葉を重ねはじめると、何故だか脱力した様子で項垂れてしまった。
 あぁ、失敗した。
 本当は嬉しいのに、どうして要らない言葉を連ねてしまうんだろう。
 可愛さの欠片もない振る舞いに、我ながら落ち込む。と、私よりも早く立ち直ったらしい若が、こちらを向き直った。


「鈍すぎなんだよ」


 真っ直ぐに向けられる視線が強すぎて、逸らすことができない。心臓が音を一気に煩くなる。熱の篭った目で見つめられると、妙に落ち着かない気分になった。


「な、なに?」

「もう一回言う。のこれからの時間が欲しい」


 それはつまり、これからの人生全てということだろうか? ということは、これは告白? それとも、


「一生奴隷、とかそう――」

「いう趣味は無い」


 言葉尻を取られて、あっさりと捻じ伏せられる。若の言葉を素直に受け取れば、告白以外の何物でもない。
 そう――告白。
 ダ、ダメだ。現実に起こったことを認識した途端、頬に熱が集まりはじめる。心臓が、痛い。
 まともに若の顔を見ていられなくなった私は、誤魔化すように視線だけをカップに落とした。


「さっきの、撤回! 若ってば欲張り過ぎだって」

「知ってる」


 なるほど。だからさっき欲がないって言ったら驚いてたわけか。


「で、どうするんだ?」


 思わず現実逃避しようとした私を現実に引き戻したのは、応えを求める若の声だった。  これからの時間。それは途方もない時間だ。私が生まれてからの年月よりも数倍長いことは言うまでも無い。


「そういうのは、プロポーズで言うことじゃない?」


 嬉しいのに、嬉しいという言葉が出ない。
 だって、変に期待して裏切られるのが怖いから。まるで保証を求めるような私の言葉に、若は怒るでも拗ねるでもなく、ただ笑っていた。
 とはいえ、優しさとは無縁の、不敵な笑みではあるのだが。


「最初からそのつもりだ」


 然も当然のように言うから、一瞬聞き間違えかと思ったほど。手の中にあるカップを握り締め、私はやっぱり可愛げもない言葉を並べるのだ。


「後で後悔したって、キャンセルは受け付けないからね?」


 嬉しさを誤魔化すようにカップをあおれば、ほんのりとした甘さが口いっぱいに広がって、やがて体中を巡り出す。




.




 それはきっと、これから先を君と歩いていけること。




あとがき

どうも、ご無沙汰しております。主催者の桜花です。
この度は最後まで目を通して頂きまして、ありがとうございます。

毎度締め切り辺りに提出しているダメっ子(子、というほど可愛くない)ですが、これから一年4シーズン、宜しくお願い致します。
それでは、また次のシーズンでお会いできることを祈りつつ……。

お題借用先 関節の外れた世界
Black Strawverry 桜花 (2012/02/29)



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