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宝物は失くさぬように
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「別れよっか。私って必要ないみたいだし……」
それが俺の聞いた彼女の最後の言葉。俺は急に渡された別れの言葉に驚き、何も言えずに去っていく彼女の後姿をただただ眺めていた。
****
「おい長太郎?」
「あ、すみません!」
いつもの放課後。部活を終えて帰路を宍戸さんと辿る。今はもう宍戸さんとは別れる十字路で、ここで右に曲がって行けば自分の家に着く。
何一つ昨日までと変わらないのに、何故かいつもより胸がざわめいた。街灯に背を照らされて立つ宍戸さんは表情こそ分かりにくかったけど、心配そうに俺を見ていて、それが何だか居た堪れない。
「えっと、じゃあここで失礼します。お疲れ様です!」
「……あぁ。気をつけて帰れよ?」
宍戸さんと別れて家まで歩く最中、持っていた携帯電話を手の内で転がした。意味がないとわかっているのに。
一夜明け、朝連を終えて教室に向かうと、自然と視線は昨日別れを切り出した彼女、に向かった。何事もなかったかのようにクラスメイトと談笑している姿。付き合っていた時と何ら変わらない光景だ。そう、昨日までと何一つ変わらない。
授業が始まれば前方に座る彼女の後ろ姿を何気なく視界に入れ、昼休みになれば俺は部活の先輩たちと昼食を採るために、屋上への階段を登る。午前と変わらない午後の授業を済ませると、足早に部活へ行く。
部室棟へと足を運ぶ間に、ようやく彼女の言っていた言葉の意味がわかった気がした。
付き合っていたはずなのに、俺の普段の生活に彼女の存在がないんだ。
いや、日中だけならそれでも大丈夫だったのかもしれない。だけど、放課後は部活。帰りを待つという彼女の言葉も拒み、宍戸さんと共に辿る帰路。家に帰ると彼女に連絡するわけでもなく、休日もテニスの練習をしたいからと宍戸さんと公園に。
彼女はいつも笑顔で「頑張って」と言ってくれたから、その言葉に甘えていたのかもしれない。
「お前、鳳と別れたんだろう?」
部室棟を目前に控えた所で、不意にそんな声が聞こえて俺はピタリ足を止めた。聞き覚えのある声だ。この声は――日吉? それに、話の流れから考えれば相手はだよね?
声に導かれるように俺の足は部室棟ではなく、声の方へと動いた。
「…………うん、そうだけど……何でヒヨ君が知ってるの?」
次いで聞こえたのは案の定、の声だった。俺は気になって建物の影から二人の会話を聞くことにした。
もちろん、あまり良くないことだとはわかっていたけど、ここで踵を返したら後悔しそうで立ち去る気にはなれなかった。
「……聞いてたから、な」
「あ――……そっか。確かに人気のないとこ選んだりとか、しなかったしね」
声しかわからないけど、そう言ったの声は僅かに震えている。そうさせたのが自分だと思うと情けなくて、俺は拳をきつく握り締めた。このまま去ってしまった方が良い。そう思いながらも中々足が動かないのは、さっきの予感のせいだ。
「俺にしないか?」
「え!?」
ひよ、し? 俺は一瞬日吉が何と言ったのかわからなくて、何度も同じ言葉を脳内で繰り返した。
『俺にしないか?』って、日吉はが好きだったってこと? はこのまま日吉と? そう考えると胸が苦しくて、全部自分が招いた結果なのに受け入れられなかった。
……自分勝手だよな。
「俺と付き合って欲しい」
それが決定打。俺は黙って聞いてることが出来なくて、二人の前に飛び出した。ザッと砂を蹴る音が妙に大きく響いて、二人の視線が一斉にこちらを向く。
「あの、ごめん日吉!」
俺はそれだけ言うとの手を掴んで特別教室棟の方へと一気に駆け出した。
「…………え、ちょっとチョタくん!? チョタくん! ねぇ、チョタくんってば!」
しばらくは黙って引きずられるように走っていたも、我に返ったのか、戸惑いを露にした。俺も動転してたんだろう。何度も呼ばれてようやく足を止めた。
「……邪魔してごめん。けど俺」
そこまでに背を向けたまま言って言葉を止めた。ゆっくりと振り返って、言葉を続ける。
「が……好きなんだ。必要ないなんてことない。ただ……」
そう、俺はが好きだ。日吉に、いや他の誰にも渡したくないと思う程に。
は途切れた俺の言葉の先を促すように、黙って小さく頷いてくれた。俺は一度小さく深呼吸して、唇を動かした。
「…………甘えて、たんだ。きっと、俺にこんなこと言う資格なんてないんだろうけど、もう一度俺と……俺と付き合って欲しい」
ありったけの思いを込めて放った言葉。
だけど返ってきたのは沈黙だった。やっぱり虫が良すぎるよな。
「……宜しく、お願い……します」
「え? 本当に?」
一瞬返ってきた言葉が理解できなかった。今のはOKってことなん、だよな?
小さく頷いたを見て、体中から力が抜けた。思わず座り込んだ俺にが小さな手を差し伸べてくれたから、俺は掴まるフリをしてを自分の方へグッと引き寄せ、己の腕の中に閉じ込めた。
……もう二度と離さない。
そう胸の中で誓った瞬間、腕の中のが小さく笑ったから、俺は抱きしめる腕に僅かに力を込めた。
宝物は失くさぬように