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共家〜Share House〜
つまりこうして始まった
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「ただいま〜」
いつもなら母の軽やかな声が出迎えてくれるはずなのに、その日は何の応えもなかった。室内灯はついている。人が居ないわけではないのだろうけれど……。
妙な胸騒ぎを覚えながら、靴を脱いだ。
リビングに近づけば、また異変に気付く。扉の向こうが異様に静かなのだ。
「お母さん?」
恐る恐るリビングの扉を開けば、ダイニングテーブルに着き無言で睨み合う三人の姿があった。
三人――父、母、兄である。
「あれ? お父さん今日は早いね? お兄ちゃんも今日は後輩指導とか言ってなかった?……っていうか、何してるの?」
顔を突き合わせて無言とか、正直ちょっと気持ち悪い。
「ね――」
「やっぱりここは赤也と!」
「いや、リョーマだろ!」
「だから若なら問題ねぇって!」
だめだ。何一つ理解できない。
だいたい私が話しかけようとした途端に口火を切るとか、家族総出で嫌がらせなの?
「ね――」
「だから何でそこで他人が出てくるんだ!?」
「そうよ、リョーマくんはともかく若くんはアンタの親友どころか、その弟くんでしょ?」
「アイツは俺が唯一認めた婿候補なんだって!」
「婿!? まだ嫁にやるつもりはない!」
「あら、そういうことなら若くんっていう選択肢もありかしら?」
「母さん!?」
まただ。
何? 狙ってるの?
しかも会話の意図が読めない。
話題に出ている「赤也」は母方の従姉弟で「リョーマ」は父方の従姉弟だ。それなりに仲は良いだろうけど、日常会話の話題にのぼるほどではなかったと思う。
「ね――」
「そうだわ! なら、三人まとめてお願いしてみましょうよ!」
「そうだよな、そもそも引き受けてくれっかわかんねーんだし」
「……でもな、それで女一人に男三人……なんてことになったら危なくないか?」
「嫌だわ、自分が推薦した子も信用してないの?」
「いや、そういうわけじゃないが……」
「腹くくれって親父」
もうそろそろ我慢の限界だった。
「いい加減に私にも説明してよ!」
怒鳴りながら壁をドンッと拳で叩いたら、ようやく三人の視線が私に向けられた。
どこか蒼褪めた表情を浮かべて押し黙った三人を順繰りに見遣り、壁から拳を離す。
よかった。ちらりと視線を向けたが、どうやら壁は無傷のようだ。
「「「実は急学すと一緒決まなったんとになったのよ!」」」
「いや、私聖徳太子じゃないし、いっぺんに言われてもわかんないって」
言葉混ざって何言ってるかさっぱり理解出来ない。
全く同じタイミングで話しはじめた三人は、互いに顔を見合わせて気恥ずかしげにはにかんだ。
多分、俺(私)たち家族って、ほんと仲がいいよな(わね)〜。なんて考えてヘラヘラしているに違いない。
三人は……ううん、私たち家族は根っからの家族大好き人間なのだ。マザコン、ファザコン、ブラコン、シスコン――残念ながら、そのどれもが普通に存在している。もちろん夫婦間も年中ラブラブ。
おっと、話が逸れた。
「ええと、仕切りなおすけど、何の話?」
小さく咳払いをすれば、三人ともハッとした様子で表情を引き締めた。
「実は急に転勤が決まってな……」
「俺留学することになったんだよ!」
「お父さんと一緒にイタリアに行くことになったのよ!」
上から父、兄、母の順だ。
「え……、私今の高校に通いたいんだけど?」
せっかく受験戦争を勝ち抜いて今の高校に通っているのだから、今更別のところへ行きたいなどとは思わない。まして英語でも怪しいのに、両親に付いていけばイタリア語である。とてもじゃないが向こうの学校通ったところで、授業を理解する前にカリキュラムから置いてけぼりを喰らうのは必至だ。
「うふふ、そんなことわかってるわよ! けど娘一人残していくのは心配だしね?」
にこにこと微笑みながら告げるお母さんの言葉を補うように、お父さんが「だから」と言葉を引き継いだ。
「いっそ誰かと住ませれば良いと思ってな……」
「そうそ。もちろん俺たちの信用出来る奴と!」
なるほど。
するともしや、その一緒に住む候補として上がっていたのが「赤也」や「リョーマ」、果ては「若くん」ってことなのだろう。
ん? ちょっと待とうか。
「何で全員男なのさ!」
父方で言えば「奈々子さん」とか居るでしょ!?
「「「だって女の子じゃ何かあった時にを守れないじゃないか(でしょ)!!」」」
暗に一緒に住む子の犠牲が決定しちゃってない?
確かに昨今物騒だけどさ……。
「あ――……うん。いいや、好きにして」
こんなお願い普通は受け入れないだろうし、その時は一人暮らしをさせてもらおう。
そう考えていた私は甘かったのかもしれない。
――後日聞かされた結果によれば、三人とも了承したというのだから。