L  /  M  /  S 
文字サイズ変更

指先で溶けた愛の言葉

back / next / yume




中学三年生になって初めて出来た彼氏は校内の人気者だった。




「仁王くーん!!」

「キャー!!こっち見たよね?!」

「うんうん、絶対こっち見た!!」


視線のありか一つでここまで騒がれるなんてお前はどこぞのアイドルか!
誰もつっこまないのは皆この風景が日常の一部に組み込まれてしまったせいに違いない。何せこう言ってる私でさえ実は早々に違和感を失ってしまっている。慣れっていうのは時に恐ろしいものだと思う。
そして、不思議なことにこうしてキャーキャー騒がれている彼こそが私の初彼だったりするのだから本当世の中ってわからない。


ってば何意識飛ばしてんの?」

「へ?飛んでた??」

「うん、結構遠くまで」


マジか。
うん、まぁ人気者の彼氏を持つと放課後呼び出されたり、靴箱に変なもの入れられてたり、教科書が無くなったり……はい嘘です。というより、私と雅治が付き合ってることは誰にも内緒。
誰も知らないんだから誰からも攻撃されないというわけだ。


当然ながら雅治の方を伺い見ても、こちらを向く気配は一切ない。朝練を終えた他のレギュラーたちと談笑しながら、ただただ私の横をすり抜けるようにして通り過ぎるだけ。
それを少し寂しく思う。


「いつまで固まってんの!行くよ!!」

「ごめんごめん」


その場に留まったままの私を引きずる友達に謝りながらも、視線は私を追い越していった雅治の背から離れることは無かった。


****


教室に行くと既に殆どの席が埋まっており、雑談で室内はガヤついている。教室の奥に視線をやれば窓際の後ろから二番目の席に雅治の姿。そう、何とクラスが同じなのだ。しかも席は、


「おはよう仁王君」

「おう、おはようさん」


雅治の真後ろだったりする。雅治の席の周りには綺麗に化粧で飾った女の子達。私は何だかモヤモヤした気持ちを抱えて俯くと、それを押し出すように細く息を吐いた。


早く予鈴が鳴ればいいのに。


そんな私の心の声を聞き届けるかのように、幾許の間もなくチャイム音が校内を駆け抜けた。女の子達は「えー」だの「もう?」だの不満漏らしてしたようだが私的には『良くやったチャイム!!』の一言に尽きる。表立って言えないにしても彼女なのだ。やはり彼氏が他の女の子に囲まれてるのを見て良い気分には到底なれないのだから当然の反応だと思う。それに、何だかんだで雅治を囲うのは自分に自信のある綺麗な子ばかりだし、不安・・・なのだ。誰かに雅治の気持ちを攫われそうで。
壁の如く雅治を囲い立っていた女の子たちが渋々離れて行くのとほぼ時を同じくして、人目に付かぬよう壁沿いに後ろに伸ばされた手が見えて小さく心胸が跳ねた。だってそれは他でもない、【私】に伸ばされた雅治の手だったから。


****


、学校では付き合っとることを隠して欲しいんじゃ」


付き合って欲しいと言われ、それを承諾した次の瞬間の雅治の言葉がこれ。最初は正直ショックだった。だってこの言葉って受け取り方によっては『私が彼女だって知られるのは恥ずかしい』とも取れるから。いやいや、告白してきてそれはないんじゃない?とも思ったけど、次の言葉ですぐに自分の考えが間違っていたことを知った。


「俺はを危ない目に遭わせとうなか」


詳しく聞くと、以前居たマネージャーが自分達の知らないところで虐めに遭い、結果として学校自体を辞めてしまったとのこと。マネージャーでそれなら彼女だともっと酷いことになるだろうということで、同志であるレギュラー以外には言わないで欲しい。つまりそういうことなのだそうだ。
私自身は虐めなんて気にしないし、隠すなんて・・・そう言いたかったんだけど、雅治の苦しそうな顔を見て何も言えなくなった。


「それでもが不安になった時にはちゃんと手を伸ばしちゃるけ、心配しなさんな」


思わず黙り込んだ私にそう言うと、さっきまでの表情が嘘のように雅治は悪戯な笑みを浮かべた。


****


それがまさか本当に手を伸ばすって意味だとは思わなかったけどね。


零れそうになる笑みを押し留め、雅治の指に自分の指を緩く絡めると不意にスカートのポケットが震えた。空いている手をポケットに突っ込んで、振動の正体である携帯電話を取り出す。表示を見ると、メールの受信を知らせるマークが淡く点滅していた。メールの差出人は『愛しの彼氏殿』。




From 愛しの彼氏殿
Sub なし
------------------------------
好いとうのはだけじゃき




絵文字も顔文字も件名すらないメール。でも、繋いだ指先の温もりと一緒に、メールで綴られた短い言葉が伝わって来るような気がして、堪えてた笑みが思わず漏れ出た。




To 愛しの彼氏殿
Sub なし
------------------------------
知ってるよ




メールを送信して数秒。絡んでいた指先にギュッと力が込められた。だから、素っ気無いメールに込めた私の有りっ丈の気持ちはちゃんと伝わったのだと思う。


―――大丈夫だよ。不安になんかなってないから心配しないで。


そんな、なけなしの私の強がりが。




指先で溶けたの言葉


****


企画サイト様が期間満了で閉幕されましたので、サイトでUP。
特に直しも入れていないという(笑)
仁王サイドと一緒に楽しんで頂ければ幸いです。

Black Strawverry 桜花(2010/05/08)(サイトup 2010/10/24)
お題提供:ロストブルー様 http://lostb.ifdef.jp/



back / next / yume