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指先で溶けた愛の言葉
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漸く手に入れた彼女は何にも代え難き宝物。
「仁王くーん!!」
「キャー!!こっち見たよね?!」
「うんうん、絶対こっち見た!!」
朝錬を終え、レギュラーたちと校舎に向かっているといつものように名前を叫ばれる。よう考えてみて欲しいんじゃが朝から大声で叫ばれても疲れるだけ、迷惑以外の何物でもないぜよ。それに、俺が見たんはお前さんじゃなくて、お前さんの斜め前を歩いとる俺の可愛い彼女じゃき。俺はすぐに視線を戻して何でもないフリをして談笑しながら足を動かす。
「あまり視線を遣ると感付かれるぞ」
「わかっとるダニ」
会話からもわかるじゃろうが、俺は彼女と付き合うとることを隠しちょる。まぁ俺は・・・というよりも俺たちは、が正しいかのう。それは大切な人を謂われない暴言や暴力に晒さんための自衛。
話は一年前に遡る。
今は居らんが、男子テニス部にも当然じゃがマネージャーは居った。じゃが、それが故に虐めに合った。最初は気づかんかった。じゃが酷いときには暴力も受けとったようでの、ある日全身傷だらけで倒れちょるところを見つけて漸く何が起こっとったんかを知ったんじゃ。
彼女は気づかんかった俺たちを攻めることも無く、迷惑かけてごめんとだけ言い残してこの学校から去って行った。
マネージャーであの様じゃ、俺らん彼女やったら?そう思うとゾッとした。じゃから俺たちは皆、彼女が出来てもレギュラー以外には言わんし、知られんようにするようになった。自分のせいで愛する人を傷つけない為に。
何食わぬ顔でを追い抜くと、クラスの同じブン太と一緒に教室に向かう。
教室にはそこそこ人が集まっており、俺が席に着いた後にもパラパラと人数は増えていく。はまだ来んのじゃろうか?なんて暢気に考えとったらいつの間にか机の周りをケバイ女達が囲うように立っちょった。お前さんら本当に中学生かと問いたくなる厚い化粧、三者三様の香水の香りが混ざった不愉快な匂い、キンキンと耳に痛い声、そのどれもが気に障る。
「ねぇねぇ仁王くん―――――」
「でね!!」
「―――――なんだよ〜」
「ほう、そうなんか」
会話の内容など碌に聞かずに相槌を打つが、女達はそれに気づいた様子も無く延々と楽しそうに話しかけて来よる。それで何が楽しいんじゃか俺には到底理解できん。イライラする気持ちを隠して只管笑顔で応じる今の俺は貼り付けたような笑みを浮かべとるんじゃろうな。
「おはよう仁王君」
「おう、おはようさん」
後ろから掛けられた声に振り向くと、そこには今朝後姿だけ視認したの姿。実は俺との席は前後のご近所さんなんじゃ。自分のクジ運に惚れ惚れするぜよ。・・・・・・と、ニヤケそうになるのを堪えて返事を返す。すると俺を囲っとた女達の鋭い視線がに向かってしまった。挨拶くらい普通にさせて欲しいナリ。一方のは女達を見て俯いてしまった。
早く予鈴鳴らんかのう・・・。
そんで早いとこ、こいつらを自分の傍から引き離して欲しいぜよ。そう思うとる間にチャイム音が響いた。きっと俺の想いが届いたに違いなか。女達は何やら不満そうやったが俺的には『ようやったチャイム!!』って感じかのう。ようやく開放された俺が最初にした事といえば閉められていた窓を何でもない顔で開くこと。さっきからあいつらの香水が臭くて敵わんかったんじゃ。
「ふぅ・・・」
一息吐いて意識を後方に向けるとは未だ俯き気味で、どこか不安そうに見えた。
****
「 、学校では付き合っとることを隠して欲しいんじゃ」
付き合って欲しいと言い、それを承諾された次の瞬間の俺の言葉がこれ。の表情が曇ったのはわかったが、俺はそのまま言葉を続けることにした。それは俺にとって最重要事項だったから。
「俺はを危ない目に遭わせとうなか」
俺は以前居たマネージャーの話を出来るだけ詳しく話した。欲しくて欲しくてようやく手にした俺の宝。じゃから守りたい。俺のせいで傷つかんで欲しい。俺のせいで悲しまんで欲しい。俺のせいで・・・・・・。は俺の言葉に納得がいかんのかもしれん。それでも俺の為に秘密の関係で居て欲しいと思う。たとえそれが俺の我儘であっても。それでも、
「それでも が不安になった時にはちゃんと手を伸ばしちゃるけ、心配しなさんな」
この関係に不安を持った時、辛くなった時はどうにかして手を伸ばすと誓うぜよ。笑みを浮かべて言い放つとは仕方ないといった表情で俺の提案を受け入れてくれた。そう、俺の為に。
****
俺は端の席である利点を使うことにした。己の体で見えないように隠しながらそっと後ろに、に向かって手を伸ばす。片手では携帯でメールを打ちながら様子を伺えば、俺の手に気づいたらしいが自分の指を俺の指にそっと絡めてきた。それを確認した俺はメールの送信ボタンを一押し。
To 俺の宝物
Sub なし
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好いとうのはだけじゃき
絵文字も顔文字も件名すらないメール。本当は続きがあるんじゃが書かん。それでも俺の気持ちは伝わったんじゃろう。そう思わせたんは後ろから微かに聞こえたの笑い声。
―――じゃから不安になんかなる必要はなか。
そんな書かんかった続きの言葉。
From 俺の宝物
Sub なし
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知ってるよ
返ってきたメールは俺に負けず劣らず素っ気無い。じゃが俺にはそれが強がりのように見えての手を握る手に力を込めた。少しでも安心して欲しくて。
指先で溶けた愛の言葉
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以上仁王視点でお送りしました。
・・・ちなみに。
人に見られても大丈夫なように携帯にはお互いの名前は仮名(俺の宝物by仁王)で登録しているらしいです(笑)
お題提供:ロストブルー様 http://lostb.ifdef.jp/