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「見合いィ〜?!」
都内にある閑静な住宅街。
高級マンションや新築の洋風建造物が建ち並ぶ中、異色を放つ古びた日本家屋の一室。
藺草香る広さ十畳ほどの和室に、狂った音程の悲鳴が木霊した。
というか、その悲鳴上げたの私なんだけどね?
“い”だけ高音になるなんて、自分で思うより動揺したのかもしれない。
てか、これが動揺しないでいられるかっての!
上座に置かれたふかふかの座布団に、ちんまりと座っているおじいちゃんは、動揺の隠せない私の様子に申し訳なさそうにしながらも、しっかりと頷いた。
うん、ビックリするぐらい“しっかり”と。
「……私恋愛結婚派なんだけど」
いや、それ以前に未だ中学生だし。
口にこそ出さなかったけど、私は複雑な気持ちだった。
だって、彼氏すら出来たことないのに、色々すっ飛ばして婚約者が出来るかもしれないんだよ?
恋愛を謳歌するつもりは……正直これっぽっちも無かったけど、いざ手元から滑り落ちるかもしれない事態に直面すると、何だか手放し難く感じてしまう。人間って現金だ。
「すまんの、どうにも断り難い相手でな」
おじいちゃんは、言うなりしょんぼりと俯いてしまった。
ちょ……、これじゃあ私がおじいちゃんを苛めているみたいじゃない……。
あまりの居心地の悪さに言葉が詰まる。
「うぅ……。で、あ……相手は?」
取りあえず見合い相手が分かれば、せめて事前準備的なものができる……かもだし。
ははははは。まぁ、あくまで『かも』だけど。
自分を奮い立たせるように、正座して座る己の膝上でギュッと拳を握った。
浅く呼吸を繰り返して息を整え、おじいちゃんの答えを腰を据えて待つ。
「ん? も知っとるんじゃないか?」
いやいや、聞いても無いのに知ってるかどうかなんてわかるわけないでしょ。
力が抜けて、思わず体制崩れたよ。
ったく、コントじゃないんだから!
「だから誰!」
「……跡部景吾くんじゃ」
私が詰め寄ると、言い難そうに2,3度キョロキョロと視線を彷徨わせた後、か細い声でそう言った。
え〜と、聞き間違いかな?
あまりに予想外な名前の出現に、私は己の耳を疑った。
「おじいちゃん。ごめん、もう一回……」
「跡部景吾くんじゃ」
おじいちゃんがもう一度その名を口にした瞬間、軒先に吊るしてあった風鈴が小さく啼いた。
その時、私の頭の中で昔どこかで聞いた話が唐突に巡った。
運命の人に会うと鐘の音がするというアレ。
名前に誘われて涼しげな音を奏でた風鈴が、何の気まぐれか、そんな話を思い起こさせたのだ。
勿論、鐘の音じゃないし、直接会ってもないんだから完璧に気のせい。
ただ、これが始まりの鐘の音というなら、それは何だか否定できない気がした。