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猛獣の飼い方10の基本

02-じぶんをしゅじんだとにんしきさせましょう

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なぁ〜んだ夢だったのか。








で終わればよかったのに、何故か未だに“アレ”な存在が引き起こした現状は続行中のようである。
そう気づかせたのは、目が覚めて一番最初に目に飛び込んできた自室のものとは似ても似つかなぬ天井。
どうやら私はベッドに寝かされている状態らしい。思っていたよりも待遇が良くて、肩透かしを喰らった気分だ。
目覚めた瞬間はてっきりフェイタンの拷問部屋だろうという考えが脳裏を過ぎったのだが、それも杞憂だったようで一安心だ。
それにしても埃っぽい。
部屋の空気に眉を顰めながら視線を廻らせると、ここは普通の部屋の一室に見える。

不意に右手に力が入っているのに気づいて手元を見遣ると、餞別に持たされた薄っぺらい本が武器にする為に丸めたままの状態で手の中にあった。
握る力を緩めて手を離すが、丸めていた筈のそれは不思議なことに全くクセが付いておらず、真っ平らな状態に戻った。


「……変なの」


良く分からないけど、餞別と言うからには何かしらの力ないし秘密があるのかもしれない。
私が見たのは最初のふざけたページと、次のやたらスペースを無駄遣いしたページ。他のページも見てみるか。
丁度良く……と言うべきか、パッと見た感じこの部屋には私1人だけの様子。

ん? でもそれっておかしくない?

普通捕らえた人間を1人で部屋に置いておくだろうか。
答えはおそらく


――――否。


だとしたら可能性は2つ。
こちらを警戒させないように隠れて見張っている……とは考えられないだろうか。
相手は念のスペシャリスト集団である幻影旅団。
【絶】をしてこちらの様子を見ていると考える方が得心がいく。
もしそうだとすればベッド脇のクローゼットの中は怪しい。一定間隔で隙間が並ぶ造りのあれの中からなら、こちらを見ることも容易いだろうから。


でも、








…………クローゼットの中に幻影旅団ってギャグ以外の何物でもない。




あまりに有り得ない想像をして浮かんでしまった笑みを、自身の考えと共に打ち消すと、私はクローゼットから目を離した。
だとすればもう1つの可能性。
害がないほど弱い及び見張る必要も無いほど価値が無い。
……これだろうか?
ん〜、いやこれは真実ではあるのだけれど、そんなに害もない価値も無い人間をあの団長が連れ帰ろうとするとは考えにくい。


「はぁ……考えるだけ無駄よね」


いくら考えても答えは本人に聞かない限り出そうにない。果ての無い考えは疲れるだけだ。
それよりももう一度本を見てみようかな。


「よっ……と」


寝転がったままだと読みにくい為、声と同時に反動を付けて体を起こした。
本を最初から読み直すと決めた私は、またあのふざけたページからかと憂鬱を感じながらも表紙を捲った。


わりぃわりぃ、落とすとこ間違えたわ☆  
でもまぁ、大して変わんねぇだろ。 

とにかくお前は本の条件満たせ。
ヒントは条件の解釈は幾通りもあるってことだ。

あと、この本はお前にしか
開けねぇようにしたから感謝しな!   

おっと言い忘れるとこだった!
本の条件はお前が最初に飼うと決めた奴
でじゃなきゃ満たされねぇから宜しくな☆  


んじゃ健闘を祈る!









「………………は?」


たった一文字を発するのにかなりの時間を要してしまった。

文章変わってる?
何と言うか一方的なメールみたい。
そして増えている☆マーク。
……顔文字が無いだけマシと考えた方が良いのだろうか?


「アイツは何考え……いや、暇つぶしだって言ってたっけ」


何かもう色々ツッコミたいんだけどこの際我慢する。
アレ相手に何言っても無駄な気がするのだ。

心にモヤモヤとしたものを抱えながら次のページを捲る。
目に入ってきたのは見覚えのある文章。




あるていどのきけんをかくごしましょう〇





変わったことと言えば文章の最後に“〇”と付け加えられていることくらい。


「ん〜? これが条件を満たしたって証? でもそれだと相手は……」


応えてくれる人が居ないのにぶつぶつ呟いている姿は、傍から見れば地味に不気味かもしれないが、誰も見ていないので気にしない方向で。
“〇”の意味も気になるが、恐らく自分の考えで間違ってない筈。
それ以上に気になるのは相手だ。

飼うと決めた奴はいないが、危険を覚悟した相手は1人だけ居る。
そして何の冗談かわからないがその項目には“〇”が付いてしまっている。

そう、こちらに来て最初に出会ったフェイタンである。
嫌な予感がヒシヒシと手元の本から漂ってくるのだが、次の項目を見ないわけにもいかず、更にページを捲ってみた。




じぶんをしゅじんだとにんしきさせましょう





何だこの無理難題。


しかもこの次のページは開かない。
つまり、1つのページの条件を満たさなければ次の段階には進めないということ。


「うっわ。……最悪」





「お前さきから1人で何ぶつぶつ言てるか」


――――!?


不意に掛けられた声に肩が跳ねた。
声の主は面識もある彼。フェイタンである。
しかも登場した場所は自分で有り得ないと打ち消した場所。

ほ、本当にクローゼットからフェイタン出てきたよ!?
あ……ありえない。

にしてもあれだね、初顔合わせという名の戦闘もどきの時は必死すぎて良く見てなかったけど生フェイだよ!!
カメラとか持って来れれば良かったのに、手元にあるのは忌々しい本だけ。
あぁ、なんか無念だ。
いやまぁ実際持っていても実行する勇気は残念ながら持ち合わせちゃいないけど。ほら気分的にチャンス逃したなぁってね?

こんなこと考えてるなんて知られたら瞬殺されるな、と表情にはおくびにも出さないようにした。
常にないくらい表情を引き締めてフェイタンに向き合う。


「……別に何でもない」

「まぁ、いいね。起きたならささとお前を団長のとこつれてくよ」



「?」

「名前。お前ってのは止めて欲しいかなぁ……と」

「何馬鹿なこと言てるか。お前の名前なんか訊いてないね」


……ですよね〜。

なんとなく名前を呼ばせれば第二項目がクリアできるのではないか……なんて、淡い期待を抱いていたとは誰にも言えない。
ちょっと居た堪れないし、さっさとクロロの所に行くってのは良いかもしれない。
もしかしたら死期が近づいただけかもしれないけど。
どうにも気落ちが隠せず俯くと、丁度鉄製の拘束具が私の左足に嵌められているのが目に入った。
この段階まで気づかないって、どんだけ鈍いんだ私。

拘束具は頑丈そうな造りなので、私が引っ張ろうが何しようが壊れないだろう。
確かキルアが家の独房で繋がれていた拘束具を自力で外していたけれど、そんなの非力な乙女に到底出来ることではない。


「ささと行くよ」

「あの〜」

「何ね」

「これ、取ってくれなきゃ行けないんだけど……」

「はぁ。……またく世話がかかるね。団長命令じゃなかたらここで殺てしまえたのに」


さ、さり気なく物騒なこと言われた!?
クロロが殺さないように言ってなかったら私殺されてたんだね。
クロロ、何だか今だけでも貴方に感謝したい気分です。今だけ。

フェイタンは拘束具に近寄ると、懐から鍵を取り出してそれを外した。
それと同時にガジャンと割合大きな音と共に、私の足を拘束していた鉄の塊は地面に落ちた。


……地面が凹んで見えるのは気のせいだよね?


鉄塊が落ちた地面は、他の場所よりも抉れているように見える。


「こちよ」


あ、これ不思議なことでも何でもないんだね。
極自然に歩き出したフェイタンを見てそう結論付けた。
この世界ではこれが普通なのだと。
私は思考を強制終了させると、フェイタンの後を追うべく慌ててベッドから降りて歩き出したのだった。



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