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猛獣の飼い方10の基本

02F-じぶんをしゅじんだとにんしきさせましょう

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の眼光は鋭く、僅かに滲んだ殺気にノブナガが身を強張らせた事は容易に知れた。


「え〜と……どこまで話しましたっけ?」


刀を払われても、ノブナガは硬直したまま。
確かにあの視線には、直接向けられたわけでもないワタシでも背筋が寒くなった。もっと言えば、万一に備え、いつでも動けるよう重心を落として構えてしまうほどに、の視線は強烈だったのだ。


首を傾げ問う様は、どこにでも居る少女のソレなのに、纏う雰囲気はどこまでも異質な存在。
そのイメージは出会った当初から、未だ変わることはない。


がこの世界の住人ではないというところまでだ」

「そうでしたね。もう端的に言ってしまえば、神もどきの暇つぶしの為に世界を渡らされた可哀想な子ってとこです。はい」


そう答えたは、やはりどこにでも居る普通の少女にしか見えない。微かに向けられた視線にも敵意は見えず、思わず警戒を解いてしまいそうになる。

しかりしろ!

ワタシは己を叱咤し、細心の注意を払ってに視線を向けた。すると、まるで図ったかのようなタイミングで、二人の会話は途切れ、広間はシンと静まり返った。
黙ったまま視線を交わす二人に、部屋の温度が数度下がった気がする。


暫しの沈黙の後、最初に沈黙を破ったのは団長。


「……証拠は?」


一見平坦に投げられた声は、しかしどこか愉悦の色さえ含んで響いた。団長のことだ、自分の持って帰ったモノが、期待以上の価値を持っていたことに満足しているに違いない。


「私コレしか持たされてないしなぁ〜。手に持ってた筈の愛しのHUNTER×HUNTERさえ無くなってたし……」

「愛しのHUNTER×HUNTER?」

「そう世にも素晴らしい本よ!!」


“本”と聞いた瞬間、団長の瞳が煌いて見えたのはワタシの気のせいか?


「ほぅ、それは興味……」


……やぱりか。


「持たなくて良いです!!」




――――ゾクッ




に対して同情すら覚えた直後。ゾッとするほど冷たい殺気を感じ、思わず硬直した。

さっきノブナガに向けられたものとは段違いのソレが、団長に向けられていた。勿論、殺気の出所はだ。
直接向けられたのは団長のはずなのに、近くに居ただけのワタシまで体が動かなくなった。いや、この部屋に居る誰もが動けなかった。


「え〜と、つまり証拠は……洋服のタグくらい?」


なのに、次いで零した言葉には殺気の“さ”の字もない。しかも、口を吐いて出たのは“洋服のタグ”。
本気なのかふざけているのかわからない。


いや、別にどちでもいいか。
わからないなら…………そうね、とことん探てやるよ。


「……なら見せてみるね」


とことん探ると決めたワタシは先陣を切った。一気にと距離を詰め、服の裾を捲り上げる。服ならどれでも同じと思って、捲り易い布を選択したのだが、相手にとっては違ったらしい。


気づくとワタシは地面に転がされていた。ズキリと痛む腕が、いつの間にか捻り上げられていた事実を教えている。


しかし、悠長に痛みを感じている暇は与えられなかった。


意志を持った冷徹な瞳が、ワタシを射抜いたのだ。凍れる視線はワタシどころか部屋全体を冷やし、再度の硬直を余儀なくされる。−数十℃を思わせる極寒に身震いが止まらない。先ほどとは比べ物にならない視線を向けられ、ワタシは息もうまく出来なくなった。
それでも崩れ落ちそうになる己の体を意地だけで支えながら、いつ終わるともわからない凶器のような視線に耐える。


こいつの本気はどこなのか。限界の見えない、底の知れない相手に、無意識に畏れが顔を出す。




……敵わない。




それは自然と漏れた心の声。
最早満足に詮索することすら許され得ぬ存在に、ワタシは無意識に降伏していた。


そんな思考が巡った瞬間、視界の端での手元が光ったが、誰も何も言わない。ワタシ同様動けないからか、それとも気づいていないのか。
どちらにせよ、意識が混濁してきたワタシは、もう下手な詮索をする気は起きず、黙って時が過ぎるのを待つことに従事した。


息が出来ないまま幾分か経ち、そろそろ意識が飛ぶなと思った頃。漸くワタシはの視線から解放された。急に入ってきた空気に咽そうになる己を叱咤して、何事も無い様に装う。
はそんなワタシから視線を逸らすと、ゆっくりと首を巡らせ、ある一点で動きを止めた。


「見るなら上着のとかで良いと思います。それか、そこの女の人に見てもらうとか」


指名されたマチは引き攣った表情を浮かべ、明らかに直接関わりたくないという様相。中々色よい返事が無かったからだろう。はマチから視線を外すと、徐に着ていた上着を脱ぎ、団長に向けて放った。
それを受け取った団長はすぐにの意図を解し、手早く服に付いてるタグを探しだした。数秒の間に見つけ出したタグを見て、僅かに団長の口元が緩んだのがわかる。
先程のを見ても尚、団長は団長のまま。そのことに、ワタシは内心で酷く安堵した。


「……なるほど。どうやら嘘ではないらしい」


団長が瓦礫の上から飛び降りて、にブレザーを渡すと、が上着を羽織っている間に、ワタシたちにへの手出しを禁じた。無駄死にするなという意味らしい。普段なら納得なんて出来ないが、今回ばかりは仕方ない。


「じゃあ改めて。俺はクロロ=ルシルフル。クロロで良い。敬語も不要だ」

「あ、はい……じゃなくて、わかった。よろしくクロロ」


A級首に笑顔で挨拶するは、どこからどう見ても普通の少女。しかしこの少女こそが、今自分達の中で圧倒的優位を確立していることは、この場に居る誰もが理解していた。


「…………………フェイタンね」


ワタシは短く名前だけ告げると、これから行動を共にするであろう少女を一瞥して、自室へと引き上げた。



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