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猛獣の飼い方10の基本

02F-じぶんをしゅじんだとにんしきさせましょう

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「意識が戻るまでどこかで寝かせておけ」と団長に言われて、仕方なく自分が使おうと思っていた部屋を使うことにした。


ここなら逃げられないようにしておける道具もそろてるしね。


少女をベッドに放ると、クローゼットとは名ばかりの物置を開く。

ギシリと音を立てて開いたクローゼットの中には、一般人が見れば卒倒しそうな品が無数に並んでいる。
ここにあるのが、持ち運び可能な簡易の拷問具であり、拘束具にとどまっている理由は、ホームのように専用の拷問部屋が無い為、大きなものは邪魔になるからという極単純なものだ。


それらを一瞥すると、隅の方に置いていた鉄の塊に手を伸ばした。
枷の形をした鉄の塊は、その実鉄ではない特殊な合金で出来ており、見た目と掛け離れた重さを有している。質量関係を考えると、この技術は凄まじいのかもしれない。何せこの枷の重さは1つで5トン。そもそもの単位が異なるのだ。


クローゼットを開け放ったまま、枷を持って自身のベッドに横たわる少女の近づくと、枷の鍵を開けて屈み込んだ。
自分と対峙して俊敏な動きをしていたにもかかわらず、少女の脚は妙に細かった。その左脚に枷を嵌めると、重さに耐えれなかったベッドの脚が潰れてしまった。

しかしその際の振動は、少女を起こす程ではなかったのか、少女は未だ眠りの中にいる。


「……そうね、試してみるか」


この少女が何者なのか、自分たちに仇なす存在であるのか、強者なのか、弱者なのか、企みがあるのか、ないのか。

それをどう表せばいいかは分からなかったが、とにかく試してみたいと思った。


あの本は気になるが、本以外に今のところ念を使える素振りが見えないのもまた事実。どちらにせよ【絶】を使えば十分だろう。ただし、【絶】は気づかれにくくなるだけであって、存在自体を消すものではない。

横で突っ立ているのは観察するのに相応しくないように思われた。


あそこの中か、悪くないね。


ワタシは自分の姿を隠せ、尚且つ少女の姿を観察できそうな場所を見つけて、そこに身を潜めた。


****


数十分が経過した頃。
少女は身じろぎ、目を開けると、部屋の中を確認するように視線を廻らせた。


「……変なの」


発せられた言葉の意味はわからなかったが、部屋全体に向けられていた視線は、どうやら今は自身の持つ本に向けられているようだ。
しかし、すぐに視線は本から離され、定められた場所を見るが如くこちらを見た。
そして笑みさえ浮かべて視線を外したのだ。


気づいてるけど敢えては言わない……という所か。

まさか気づくとは思わなかたね。


こちらから興味を失ったのか、少女は急に難しい表情を浮かべて小さく唸りだした。


「はぁ……考えるだけ無駄よね」


唸っていると思ったら、どうやら何かを考えていたらしい。
しかも、数分も経たない内にそれを放棄することにしたようだ。


またく体何を考えてるかワタシにはさぱりね。


「よっ……と」


少女は声と同時に反動を付けて体を起こしたかと思うと、徐に本を捲り始めた。
不意に少女を見つけた時の事を思い出す。


夜の館内で急にページを捲り始めた少女。
戦闘中にも関わらず、ページを捲り始めた少女。
そして団長がその本に興味を持ったこと。


……あの本はただの念じゃないのか?


「……………は?」


こちらの思考が纏まりはじめた所で、当惑した声がそれを阻んだ。


しかも『は?』て何ね。


「アイツは何考え……いや、暇つぶしだって言ってたっけ」


アイツ……仲間がいるか?


瞬間緊張が駆けるが、どう気配を探っても少女以外の存在を感じない。
それ以前に他にも居るクモ全員を欺いて侵入できる人間が、そうそう居るとは考えられない。
意識を少女に戻し、ワタシは探るように少女の言葉に耳を傾け続けた。


「ん〜これが条件を満たしたって証? ………でもそれだと相手は……?」


条件……誓約、制約? やはり念……か?

かなり核心にせまる内容。
しかし少女はワタシが此処に居ることには気づいているはず。

今ひとつ相手が掴めずイライラが増す。


「うっわ、……最悪」




「お前さきから1人で何ぶつぶつ言てるか」


放っておけばそのまま1人で呟き続けそうな少女に耐え切れなくなり、ワタシは隠れていたクローゼットから飛び出した。
少女はやはりワタシに気づいていたのだろう。驚くでもなく素っ気無い言葉を返してきた。


「……別に何でもない」

「まぁ、いいね。起きたならささとお前を団長のとこつれてくよ」



「?」


一瞬何を言われたのか分からず内心首を傾げた。


「名前。お前ってのは止めて欲しいかなぁ……と」

「何馬鹿なこと言てるか。お前の名前なんか訊いてないね」


イマイチ理解できていないことが分かったのか、苦笑を浮かべてそう主張する少女――を一瞥して切り捨てた。
耳慣れない響きの名前が妙に脳裏に残るのを感じながらも、覚える必要は無いとどこかで心が侵入を拒んだようにも思える。


……どうでもいいね。そう、どうでも。


「ささと行くよ」

「あの〜」

「何ね」

「これ、取ってくれなきゃ行けないって」

「はぁ、またく世話がかかるね。団長命令じゃなかたらここで殺てしまてたよ」


そう言ってはいるが、少女にはどこか余裕が感じられる。
どう見ても、と名乗る少女が5トンの足枷に気づいたのはたった今。
つまり重たい枷が足に有るというのに、先ほどから普通に動いていたし、気づきもしなかったということだ。

拘束具に近寄ると懐から鍵を取り出してそれを外した。
それと同時にガジャンと割合大きな音と共に、の足を拘束していた合金の塊は地面に落ちた。
はただ静かにそれを見ているだけ。


どこから見ても普通なのに普通ではない存在。
団長の存在とは幾分掛け離れているのに、底の知れない存在に感じられた。


「こちよ」


……か


歩き出したワタシの後を追うべく、ベッドから降りたの気配を背後に感じながら、ワタシは無意識にの名前を胸中で唱えていた。


……まるで何かの呪文を唱えるように。



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