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猛獣の飼い方10の基本
03-せをむけてはいけません
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有り難いことに、特に見張りを付けられることもなく、閉じ込められるわけでもなく、好きにしてて良いと言われた私は、何故か廃墟の屋上を訪れていた。
あれか、警戒する必要は無い的な?
そう考えると、自分が酷く残念な存在に思えないことも無いが、気にしたら負けな気がする。
「ん〜、やっぱ空は空だよね……うん」
何となく来た屋上だけど、やっぱり元の世界と変わらないものが見たかったのかもしれない。元々星座とか詳しくないので、空の模様が多少違ったところで私には分らないし、何とも都合が良かった。
地べたに座って、空に輝く見慣れた星と月を見上げると、そこはかとない安堵感を覚える。
「……はぁ」
途中気を失ってたからアレだけど、今日は本当に濃い一日だった。
零れた息には少しばかり疲れが滲んだ気もするけど、それも仕方ない。
だって要は一日で、変な声がして、妙なところに飛ばされて、フェイタンに攻撃され、旅団の仮宿(フェイタンの部屋)に連れて来られ、メンバーの前で尋問された(私の感想だけど)わけだ。
そりゃ疲れもするってもんだよね。
……あ、そう言えば神もどきから渡された本もあったっけ。
自分の横に投げ出すように放置していた本を拾い上げ、薄っぺらな本をペラペラ捲る。確か二つ目の項目をどうクリアするか考えなきゃいけないはずだ。
そう、確か『じぶんをしゅじんだとにんしきさせましょう』とかいう無理難題。
え〜っと、項目をクリアしなきゃ次のページが開けないんだから、開くとこまで開きゃいいんだよね? あ、此処だ。
「そうそう、せをむけては――!?」
思わず目を瞬いて開いたページを凝視した。
項目が変わってる? 私の目の前に広がる文字は、
せをむけてはいけません
混乱する頭で、恐る恐る前のページを捲ってみる。
すると、そこには、
じぶんをしゅじんだと
にんしきさせましょう○
とあった。“ ○ ”と。
「えぇッ!?」
いやいやいやいやいやいやいやいやいや! 相手フェイタンだよね!? いつ? え、本当いつ? いつ主人だとか認識されちゃったわけ!?
あはははは。自分でも驚く程のうろたえっぷりだ。
でもさ、腐女子を前に『主人』とか出しちゃったらこう………ねぇ?『え? 隷属ですか?』とか違うスイッチ入っちゃうわけで。
しかも、いつの間にやら私が主人だよ!! 私が!!
いや、まぁ……冷静に考えれば、神もどきも解釈は色々って言ってたから、本当にそういう意味だとは思わないけど、さ。
それにしたって、まさか一日で2つも条件クリアできるなんて驚きだ。これなら案外10個の条件を満たすってのは簡単かもしれない。
順調すぎる進捗状況に、少し浮き立った気持ちで再びページを捲ると、そこに書いてあるのは『せをむけてはいけません』という意味深な条件。
これさ、どういう場合に関するもの何だろうね? 単純に考えれば攻撃。
もしくは…………拷問?
……………………うわぁ〜、是非とも背を向けさせて頂きたい。
つか、もし拷問に背を向けないなんてことになったら、条件クリアする前に死ぬよね!?
「だいたい条件満たせって指示してくる割りに、それが出来たらどうなるのかとか、私聞いてな――ッ!?」
まるで私の言葉を遮るように、持っていた本が眩い光を放った。
強い光に晒された目は中々正常な機能を取り戻せず、何度も目を瞬いてようやく視界がハッキリしてきた。
……なに? 嫌がらせ?
ゲンナリしながら改めて視線を本に落とすと、ページがいつの間にか、いつもの一方通行メールもどきページ……つまり、表紙開いて一枚目に戻されていた。
見れば、そこには読めとばかりに新たな文章。
そういや言い忘れてたが、本に出される条件を満たしていきゃ元の世界に帰れっから心配いらねぇぞ!
ちょ、ちょっと待って!? これって私の呟きに対してだよね? ……え、何? もしかして私って今現在プライバシーとかないの?
嫌な汗が背を流れるのを感じながら、強制的に本を閉じた。気づかなかったことにしておこう。うん、それがいい。
私は考えることを放棄すべく、本を閉じてその場に横たわった。
吹きぬけていく風がひんやりとして気持ちいい。少し肌寒いけど、それすら私の頭を冷やしてくれるようで悪くないように感じた。
次第に瞼が重くなる。
こんなとこで寝たら風邪引くかもと思いつつも、私はその強力な引力に抗えず、目を閉じてしまった。
そう、まるでリンゴが重力に逆らえず、地に落ちてしまうように。
睡魔に飲まれる直前、人の気配がしたような気がしたけど、残念ながら今の私に確かめる術は無かった。