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共家〜Share House〜
詐欺師と過ごすお正月
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「さ、正月どうするの?」
リョーマの言葉に、こたつでゲームをしていた赤也と、同じくこたつで読書をしていた若が顔を上げた。
私はこたつ布団を胸元まで引き上げ、真正面に座るリョーマと見つめ合う。
そういえば、三人ともお正月は実家に帰るんだっけ? 今年は一人か、と思い至るまでに数秒。
下手なこと言って心配させたらダメだよね、と思い至るまでに約十秒。
仮に「ここで過ごすけど」なんて言ったら、彼らのことだ。「うちに来れば?」と申し出てくれるだろう。けれど、家族団欒に水を差すなど言語道断だ、とファミコン全開の結論に至るまでに十数秒。
こたつの上に置いてあったマグカップに手を伸ばしながら、私は端から見れば「嬉しくてたまらない」という表情を装って口を開いた。
「イタリアで過ごす予定だよ? 年越しも一緒にしたいから、明後日には日本を発つつもり」
一応誰かが忘れ物をしたとかで帰ってきてもバレないように、明後日このマンションを出て、元々住んでた実家の方に移動しようかな……というのが本当のところ。もちろん今考えたんだけど。
「そういうの、もっと早く言ってよね」
「ごめんって。で、リョーマはどうするの?」
「親父が寺の掃除手伝えって言うから、明日の夕方には帰るつもり」
「明日って……。リョーマこそ早く言いなよ。若は?」
「俺も帰るつもりだ。道場の大掃除もあるから、と同じで明後日にはここを出る」
「そう。赤也は?」
「向こう戻って姉貴のパシリ。年末セールやら新春セールやら、あと福袋買うの手伝えってさ〜。帰んのは……いつだ? 今日が二十七日だから……あれ?」
赤也は焦った様子でケータイを取り出し、頻りに指を動かしている。
「赤也?」
見る間に顔を青くした赤也に、そっと声をかけてみるも返答はなく、赤也はケータイを握りしめたままこたつから飛び出し、自室へと走り去ってしまった。
部屋から聞こえる雄叫びじみた悲鳴は、聞かなかった振りをした方がいいのだろうか。
「何あれ?」
赤也が消え去った方に視線を向けたまま呟いたリョーマに、私が答えなど用意できるはずもなく、一緒になって首を傾げて「さぁ」と返した。
「大方、今日帰るように言われてたんじゃないか?」
再び本を読む気にはなれなかったのか、若はかけていた眼鏡を外して、こたつの上に置いた。似合っていただけに、少し残念な気もする。
「どうした?」
目頭を押さえていた若と目が合い、ようやく自分が不躾なまでに若を見つめていたことに気づいた。
「ごめんごめん。何でもないの」
「ふ〜ん……」
何故か答えは若ではなくリョーマから。しかも、勘違いでなければ、少しご機嫌斜めな様子。
「リョーマ?」
「ちょっと借りるよ」
リョーマは若が置いた眼鏡を掬い取り、流れるような動きでかけてみせる。度が合わないせいか、一瞬眉をしかめたが、すぐに何事もなかったかのように口元に弧を描いた。
「……どう? 俺もそこそこ似合うと思うけど」
そうやって聞いてくる表情が妙に色っぽくて、とても中一とは思えない。
「いやまぁ、確かに似合ってるけどね?」
下手したら私よりよっぽど色気がある気すらして、ちょっぴり凹んだけど、リョーマの機嫌は直ったようなので良しとしよう。
リョーマが眼鏡を若に返している間に、赤也が戻ってきた。肩にはラケバと、合宿用の鞄が引っ提げられている。
「これから合宿……なわけないか。帰るの?」
「わりぃ、今日帰んなきゃなんねーってこと忘れててさ」
急いで荷造りをしたせいか、鞄のファスナーの間から服の袖が垂れ下がっていた。コートのボタンも一つずつずれているし、マフラーは今にも外れそうという有様。
唖然として見つめる私たちの様子に気づいた様子もなく、「じゃ、また年明けにな!」と言うなり赤也は玄関へと駆けだした。
そうか、次に会うのは年明けか……じゃない。
「赤也ストップ!」
流石にこの格好で外を歩くのは止めたい。こたつから出て、リビングの出入り口で止まった赤也に歩み寄り、まずはマフラーを外す。
「?」
「じっとしてて」
戸惑っている様子の赤也を無視して、コートのボタンを全部外した。
「もしかして帰って欲しくないとか?」
ニヤニヤと笑う表情も、格好良くないとは言わない。が、今の状況で言われても確実に逆効果だ。
答えの代わりに全部のボタンを掛け直し、首を締める勢いでマフラーを巻き直す。
「ちょ、!?」
一瞬頭上で「ひゅっ」と息の止まる音がしたけれど、きっと気のせいに違いない。
「鞄からはみ出してるそれは、自分で仕舞ってね?」
「……はい」
どうやら今の一言で、自分の身なりが整えられただけらしいと悟ったらしい。
そのまま歩き出した赤也の背を追い、玄関までついて行く。しょんぼりと落ち込んだ背中が可愛いというか、何というか。
「じゃ、気をつけて。……行ってらっしゃい」
靴を履き終えたのを見計らって声をかける。赤也はハッとした様子で私の顔を凝視し、すぐさまお日様顔負けの笑みを浮かべて見せた。
「おう。行ってくんな!」
軽快な足取りで出かけて行った赤也に手を振る。何度も振り返って手を振る赤也の姿がエレベーターの中へ消えていって、ようやく私は手を下ろした。
いつも側に居るのが当たり前になっていた存在が離れていくことは、少しの期間でもやはり寂しいものであるらしい。
一足減った靴たちを一瞥し、私は静かに玄関の鍵をかけてリビングへと戻った。