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小指の糸が朱に染まる迄

鈍いね、君。僕の名前だよ」

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 私の朝は早い。どのくらい早いかって言うと、起床が四時で、家を出るのが五時というくらい。その分夜は早いので、誰に言われるでもなく中学生にしておばあちゃんみたいな生活だな、と思ってる。まぁそれも仕方がない。何せ私は現在、祖父母の家で生活しているのだ。自然とそうなりもするってもんだ。
 ……と言っても、家を早く出る理由はそれだけじゃないんだけど。


「じゃ行って来まーす」


 引き戸を開いて、昔ながらの日本家屋を後にする。右手には鞄、左手には紙袋を持って人も疎らな……むしろ殆ど居ない道を歩く。目指すは学校とは逆方向にある公園。
 さすがにこの時間に学校に行っても校門は開いてないし、何より私が早めに家を出た理由が其処にあるのだ。


「おはようシロちゃん。今日も素敵な毛並みだね〜」


 公園へと向かう道すがら、石塀をとことこと歩いている白猫と遭遇。連れ立つように歩きながら声をかけるとプイッと顔を背けられた。どうやら照れているらしい。愛いやつめ。
 微笑ましくてクスリと笑うと、頭上でパサリと羽音がして、右肩にズシリとした重みが乗っかった。首を少し動かせば、黄色いくちばしと黒い羽を持つ一羽の鴉が視界に映り込む。


「クーちゃんもおはよ。ん〜相変わらず艶やかな羽だね〜、あ……もう朝ごはん食べた?」

「カァ!(まだ!)」

「まだか〜。じゃあクーちゃんも一緒にご飯にしよっか。勿論シロちゃんも行くでしょ?」

「にゃう(当然だ)」

「ん。だと思ってた」


 当然のように会話を進めている私は、傍から見れば痛い奴か変人か、はたまた異常者なんかに見えるかもしれない。でも、これが私の日常だ。
 頭脳も運動神経も容姿も、生まれてこの方平凡の域を出たことのない私にたった一つだけある非凡。それがこれ。
 異様に動物に懐かれること。そして意思の疎通が可能だってこと。
 その二つ。
 例えばどっか外で寝ていたら、近くに住んでる野良っ子たちに囲まれていた……とか、遠足で山に行ったらやたらと野生動物が出現し、鳥の群が頭上を飛び交ってた……とか(幸い他にも人が居たので近距離までは来なかった)、海に行ったら海洋生物(主に移動が楽っぽい魚中心)に囲まれる……とか。
 それが異常だということは分かってるから、基本的に人前では知らぬ存ぜぬを通すし、声をかけることだってしない。
 じゃあそれが嫌なのかって訊かれたら話は別で、私は迷わず「そんなことない」って答える。
 でも、私は非凡が全く似合わない平々凡々な人間だから、きっと言っても信じてもらえない。もし信じて貰えたとしても、気味悪がられちゃうんじゃないかって思うと、情けないけど誰かに知られることも怖かったりする。
 だったら人に見られなければ良いじゃない!
 ――と、つまりそんなわけで私は早朝という人の居ない時間に公園に足を運んでるわけだ。
 誰に憚ることなく彼らに会う為に。
 家を出ることおよそ十分。公園に着く頃には連れ立って歩いている子は更に二匹と一羽増えていた。その間誰にも遭遇しなかったのは運が良かったとしか言えない。
 早朝の公園は日暮れ前ほどの寂寥感はなく、昼間ほどの活気もなかったが、どこかホッとする静けさがあった。
 澄んだ空気を肺に閉じ込めながら、私は入り口から一番遠くにある桜の木を目指して歩く。その木は私が両腕で掻き抱いても腕が回らない程には幹も太く、入り口の反対側へと回りこんでしまえば姿を隠すことも出来てしまうのだ。
 もっとも夏は毛虫が居るから遠慮したいし、本来見頃の春には花見目的の見物客が早朝から訪れたりするので居られなかったりするのだが。


「おはよ〜みんな! さてさて、朝食にしますか」


 木の幹に凭れるようにして座り、ガサゴソと紙袋を漁る。中には安売りの時に買い溜めしておいたキャットフードにドッグフード、鳥の餌を一食分ずつに分けたもの。更にお弁当を作るときに出たパンのミミに、何故か二匹もいる野良ウサギさん用の野菜の切れ端が入っているのだ。
 それぞれの前に持ってきたご飯を置き、自分の朝食を鞄から取り出す。此処に集まるみんなはルールに則って動くので、先んじて食べたりする子はいない。
 ルールはたったひとつ。私が「いただきます」と言ったらみんなも「いただきます」に順ずる仕草をしてから食べる……というもの。
 別に有り難がって食べろ! って意味じゃなくて、前に偶々「いただきます」をした猫のリボンちゃんに、その仕草を見ると癒されるという話をしたことがきっかけ。要はご飯を提供する代わりに、みんなは癒しを提供してくれるらしいのだ。
 視線を一巡させてご飯が行き渡ったのを確認し、両手を合掌。


「じゃあみんな、いただきます!」

「にゃ(いただきます)」

「わう(いただきます)」

「ピィ(いただきます)」

「キュ(いただきます)」

「イタダキマス」


 うん、可愛い。
 私が声をかけると一斉に食事スタート。ちなみに最後のは私ではなく、最近加わった鳥さんの言葉。普段動物や鳥達とは思念越しに会話するのが普通なんだけど、この子は自分で話すのが好きらしくて、思念で言葉を発してくることは殆どない。名前はヒバードちゃん。黄色いモフモフボディーがとってもチャーミングな小鳥さんである。
 知り合う前にもどっかで見かけたような気がするんだけど思い出せないんだよね。こんなに賢い子と会ってたら忘れられっこないし、たぶん勘違いなんだろうけど……。
 っと、私も食べよ。
 弁当箱の蓋を開けるとヒバードちゃんの可愛らしい声がした。


、オイシイ、オイシイ」

「そう? よかった。実はそのパン私が焼いたんだ〜」


 ヒバードちゃんは鳥餌はあまり好きではないらしく、毎度パンのミミを御所望なので、ならばと食パンを焼いて、そのミミを持ってきたのだ。白いとこよりミミの部分の方が好きらしいので。
 きっと誰にも理解なんてしてもらえない上、何の役にも立ちはしない能力だけど、それでもこうしてみんなと一緒に居られる時間は何ものにも代えがたいと、サンドウィッチを摘みながら私は幸せを噛み締めていた。



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