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僕の朝は早い。と言っても、別に元から早起きが習慣だったわけじゃない。朝の見回りで見つかる草食動物なんて高が知れているし、わざわざ僕が出向くまでもないからね。
なら何でこんな習慣がついたのかと言えば、いつの間にか懐いた小鳥のせい。毎日のように早朝から飛んできては、朝食を求めて窓硝子をつついて僕を起こすのだ。お陰でそれが習慣になり、今では音がなくても目が覚める始末。
いつも通りの時間に目を覚まし、起き抜けに窓を開けて視線を巡らせる。だけど、視界に黄色い姿が入ることはない。
「……今日も来ない」
実を言えば、あの小動物が朝に僕の家を訪れなくなってから既に一週間程経過している。だからと言って全く姿が見えなくなったというわけではなく、昼は普通に僕のところに来ているのだから良くわからない。
まぁ、別にどうでもいいけどね。
「ふぁ……たまには朝の見回りでもしてみるか」
可能性は限りなく低いけど、面白そうな獲物に出会える確率はゼロではない。
欠伸をかみ殺して窓を閉めると、僕は出掛ける準備をすべく、洗面所へ向かうことにした。
****
結局、せっかく僕自ら足を運んだと言うのに、美味しそうな群には出会えなかった。やはり夜間に徘徊することはあっても、早朝から群を形成してる草食動物なんて、そうそう居るものではないらしい。
「ん?」
並盛公園を横切った瞬間、複数の気配が集まっているのを感じて僕は足を止めた。
群れかと思ったのは一瞬。単なる群れにしては気配が可笑しい。
気配に導かれるままに公園の入り口から、一本の桜の木を目指して歩く。桜か。元々は嫌いではない花だけど、最近を振り返ればあまり良い思い出がない花だ。
「はぁ」
僕の足音に気付いたのか、それとも思わずこぼれ落ちた溜息を聞きとがめたのか、気配がざわつくのがわかった。
ちらりと見えたのは……動物?
垣間見えたのは小動物の群れ。小鳥やら犬やら猫やら、果ては兎の姿まで。
「ん? どうしたの、皆?」
風に揺れる木々の音に紛れるように、空っとぼけた女の声が響いたのはその時だった。木の幹の裏側に居るのだろう。姿は見えない。ただ、見えずとも容易に表情の想像出来る声色だった。
声の主はさぞかし間抜けな顔をしているんだろうね。……僕には関係ないけど。
僕の姿を見つけたらしい動物たちが、距離を取るように動き出す。その割りにこの場を離れようとする様子が見られないのが、少々奇異な光景のように思えた。
「え? あれ? もしかして、誰か居るの?」
女が探るように声を上げ、木の幹を背に座ったまま、こちらを伺うようにそろりと身を捩って顔を覗かせた。
カチリと目が合う。
ふーん、並中生……ね。
どこかで見たことがある気がしたけど、眼下に映るブレザーとスカートは見慣れたもの。まあ、草食動物なんて学校中に溢れてるし、気のせいなんだろうね。
「その学ラン……ということは風紀委員さん? あれ? でも風紀委員って全員リーゼントじゃないの? 確かリーゼントじゃないのは委員長だけって聞いたような……ということは、風紀委員長さん?」
僕の姿を確認した女子生徒は、僕から視線を外してなにやらブツブツと自問自答をし始めた。
「確か名前は」
呟きながら一度逸らされた視線が再び僕に向けられる。
「雀さん? あ、あれ違う!? えぇと……孔雀……金糸雀?」
スズメにクジャクにカナリヤ。どれも漢字にすれば雀って字は入ってるけど、生憎僕はそんな珍妙な名前になった覚えはない。
「どれも外れだよ。ねぇ君、咬み殺されたいの? まぁ群れてた時点で咬み殺すことは決まってるけどね」
トンファーを構え言うと、動物たちは襲い来る危険を察知してか、殺気立ったように毛を逆立てる。
「グルゥ……」
「フシャー!」
「群れって、動物も無しな方向なんですか?!」
この場で的の外れた言動をしているのは彼女だけ。気のせいじゃなければ、動物たちも彼女に呆れたような視線を投げている気がする。
「群れは群れでしょ」
そう言って振り上げた腕が女子生徒に当たる直前、僕の手を止めるように、木の上から彼女の頭上目掛けて黄色い物体が落ちてきた。
「ヒバリ、ヒバリ」
「何で此処に居るの?」
黄色の正体は、いつの間にか僕の周りをウロチョロするようになった一匹の小鳥。
「ゴハン、ゴハン。オイシカッタ、オイシカッタ」
どうやらこの女子生徒に朝食を貰っていたらしい。ここ最近姿を見せなかったのはそのせいかと納得しながら、視線を彼女に戻すと、彼女の視線は僕ではなく頭上の鳥に向けられていた。
今の今まで僕に殴られそうになっていたのに、その僕から注意を逸らすなんてどうかしている。危機感がないのかい?
「ヒバードちゃん。ヒバリって?」
「鈍いね、君。僕の名前だよ」
「ヒバリ……雲雀? あぁ、なるほど! 雲の方だったのか。よかった〜、分からなくてモヤモヤしてたんですよね!」
これでスッキリしたと笑う女子生徒に、削がれかけていた興は完全に殺がれた。トンファーを仕舞って踵を返すと、後ろから聞こえる女子生徒と小鳥の間の抜けた会話を黙殺し、僕はそのまま歩き出した。