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鳥の名前を冠する風紀委員長さんとの出会いから数日。
朝食会は場所を移して未だに続けているけれど、未だ平穏は保たれている。どうやらヒバードちゃんも場所は言わないで居てくれたようだ。
ヒバードちゃんの飼い主さんなら仲良くなれるかな? なんて考えてみたけれど、向こうにその気が全く無かった気がするから、たぶん無理なんじゃないかと結論づけた。
ちょっと残念。
数学の先生が板書をしている中、つらつらと考えていると「ふあっ」と欠伸がもれる。窓際の一番後ろの席なんて、眠たくってしょうがない。最近は寒くなってきたとはいえ、窓はピッタリと閉まっているし、陽射しがポカポカと降り注いでくるんだもん。私に罪はない、と思いたい。
「ふあっ」
噛み殺し損ねた数度目の欠伸をこぼしながら、もう直ぐ昼休みかな? と黒板の真上にある時計を見上げる。すると、答えを確認する間もなくチャイム音が鳴り響いた。凄いタイミングだ。
数学の先生は板書していた手を止め、せっかく書いた二行分を黒板消しで消してしまった。これが二時間目や三時間目なら違ったのかもしれないけれど、この授業は昼休み前の四時間目。休み時間を目前に控えた私たちは、さながら餌を目前にした犬が、待てをしているような状況だ。とてもじゃないが先生の説明が脳に刻まれる気配はない。そしてそれを先生も重々承知しているのだ。
「起立、礼」「ありがとうございました」と、お決まりの挨拶をすると、教室は一気に煩くなる。
ざわざわと押し寄せる声の波を聞きながら、凝り固まっていた体を伸ばすようにグッと伸びをしてノートと教科書を閉じていると、不意に左側からコツコツと何かを叩く音が聞こえた。
念の為に言っておくと、私の席は窓側の一番後ろ。つまり、左は窓だ。
何事? と視線を向けると、そこには黄色いモフモフボディーがちょこんと鎮座していた。ヒバードちゃんだ。何でここにいるのだろう? 風紀委員長さんのところに居なくていいのかな? なんて思っていたら目が合った。
うん、相変わらず可愛い。
思わず愛らしい姿に目を細める。と、黄色いモフモフボディーことヒバードちゃんは、再度コツコツと嘴で窓を叩いてみせた。
まるで正気に戻れと言われているかのようだ。
呆けていた私は促されるままに我に返り、慌てて窓を開けた。開いた窓の隙間から、ヒバードちゃんと冷っとした風が一緒に入ってくる。
「、キテ、キテ」
入り込んだ風のせいか、ヒバードちゃんの可愛らしい声のせいか、幾つかの視線が此方に向けられた……気がする。
「な!? あれヒバードじゃねぇか!?」
「何でさんのとこにヒバード来ちゃってるの!?」
何だか一部が騒がしい。この声は獄寺くんと沢田くんかな? どうやら彼らもヒバードちゃんと知り合いらしい。何にせよ、教室に来たのがヒバードちゃんでよかったよ。他の子たちは直接喋るなんて出来ないからね。
「んーと、ついて行けばいいの?」
私が問えば、ヒバードちゃんは小さな頭をこれまた小さく縦に動かしてみせた。首肯できるんだな〜と、妙な感心を覚えてしまう。って、あんまり待たせちゃダメだよね。
教室のあちらこちらからの視線を感じながら立ち上がると、案内するようにヒバードちゃんが離陸。私はパタパタと飛行するヒバードちゃんの後を追うことにした。教室を出るまではクラスメイトから、教室を出てからはすれ違う生徒たちに奇異な目を向けられてしまったけれど、これくらいなら問題ない。
それにしてもヒバードちゃんの目的地は一体?
ヒバードちゃんは何も告げずに飛び続けた。私はひたすら後を追うだけ。廊下を過ぎ、階段を下り、昇降口で靴を履き替え、やってきたのは校舎裏だった。
「ねぇヒバードちゃん、こんなところに何の用が」
「ワン!(!)」
問いかけに答えるように声を上げたのは、ヒバードちゃんではなく、近所の野良犬シフォンくんだった。ちなみに命名は私だったりする。
どうやらヒバードちゃんは、シフォンくんに頼まれて私を呼びに来てくれたらしい。
「って、シフォンくん!? え? 何で学校に?」
確か彼の縄張りは学校の近くではなかったはずだ。
「ワン、ワワン!(サクラの様子がおかしいんだ!)」
サクラちゃんはシフォンくんの妹さんで、彼女の命名も私だったりするのだけれど、この際その話はどうでもいいだろう。
「ちょっと待ってね、今いくら持ってたっけ」
私はシフォンくんに断りを入れて、ポケットに突っ込んでいた財布を取り出した。
様子がおかしいってことは病院に連れて行かなきゃいけない。だけど、病院に行くにはお金が必要なのだ。所持金が足りなそうなら、一度家に寄る必要がある。
「……うーん」
これは一度家に帰らないと無理な感じかも。財布の中には、三千円も入ってない。所詮中学生の財布の中身なんてこんなものだ。
「ごめんね、ちょっとお金足りなさそうだから一度」
「ワオ、動物に喝上げされてる子なんて初めて見たよ」
家に寄るからついて来て、と続けようとした言葉は突如割り込んできた声のせいで、残念ながら言葉になることはなかった。