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縁は異なもの味なもの、という諺の意味をは脳内で反芻した。というのも、そう呼ぶに相応しい状況に行き当たったせいに他ならない。
「何をしているの?」
テニスコート近くの体育館裏で、数人の女子生徒たちが一人の生徒を中心に据えて群れていた。中心の少女はにも見覚えがある。男子テニス部の後輩マネージャー。跡部の新恋人と目される人物だ。一人だけ泥だらけで蹲っている姿を見れば、何が行われていたのかなど一目瞭然である。
貴重な昼休みを何だと思っているのか、には到底理解し難い。最も、理解などしたくも無かったが。
「様!」
「さん!」
「様!」
「先輩!」
呼び名に“様”が混ざるのは、長い間跡部の対として認識されていた名残だろう。そう思うと、ほんの少し胸が疼いた。が、今はそれどころではない。は痛みを誤魔化すように片手に握った弁当の包みを強く握り締めた。
「私は何をしているのかと聞いているのだけど?」
自分でも意外な程低い声が出る。
気圧されたのか、言葉を詰まらせた女子生徒たちだったが、それも一瞬。すぐに気を取り直したらしい。女子生徒たちは、攻撃の対象を変えることにしたようだ。
「偉そうに……。貴女だって良い気味だと思ってるんでしょう!?」
「そうよ! この女のせいで跡部様に捨てられてたんだから!」
「何なら混ざります?」
しょうもないことを考えるものだ。自分たちの行動原理を誰彼構わず当て嵌めるなど愚の骨頂だと気づかないのだろうか。は本気で頭を抱えたくなった。
「自分がされていた時もよほど腹が立ったものだけれど、人がされてる方が余計に腹が立つものね」
静かに呟くと、は自分に向けられた言葉を全て無視して、彼女たちの間を割って蹲る少女に手を差し伸べた。
「立てるかしら?」
「ありがとうございま……あ」
の伸ばした手に自らの手を伸ばしかけ、少女は途中で動きを止めた。どうやら土に塗れた手を重ねて良いものか迷っているらしい。ならば、とは自分から少女の手を掴んだ。
「あ、ちゃん!?」
いきなり手を掴まれた相手も驚いたのだろが、彼女の声に、正確には呼び方にも負けず劣らず驚いた。
「え……」
「いや、あの! 芥川先輩がそう呼んでらっしゃったので、つい……すみません!」
あたふたと頭を下げる少女はとても可愛らしい。がクスリと笑みを零すと、背後から肩を強く掴まれた。
「ちょっと! 私たちのこと、無視しないでもらえるかしら?」
ギリギリと力を込められ、思わず苦痛に顔が歪む。仕方なく肩上に乗った手を叩き落として振り返った。
「まったく。どうしていつもこの手の行動を起こす子が居るのか、本当に疑問だわ。こんなことをして、景吾が貴女たちに感謝するとでも思っているのかしら? だとしたらとんだ見当違いよ」
「ちが――」
「違うというならやめなさい。景吾はこんなことされて喜ぶような人じゃないわ。本当は……わかっているんでしょう?」
の言葉に、彼女たちはキッと目を剥き出した。
「そんなこと貴女に言われなくたってわかってるのよ!」
「だけど! だけど、跡部様は私たちのことなんてこれっぽっちも見てくれないじゃない」
「私だって傍に居たいのに!」
彼女たちの行動は理解出来ない。けれど、今なら――跡部に振られてしまった今なら、彼女たちの気持ちも少しは理解出来る気がした。ここまで相手を想えること自体はきっと悪いことではないのだ。
「……仕方ないわね。マネージャーさん、一人で大丈夫?」
唐突に話を振られた後輩マネージャーは、小刻みに首肯して身を縮こめた。もしかすると、このまま彼女たちの間に放置していかれるとでも思っているのだろうか。
「あら、やっぱり私たちの気持ち、わかってもらえたのかしら?」
女子生徒たちの理解も後輩マネージャー同様なようである。失礼な話だ。
「えぇ、わかったわ。だから愚痴くらい聞いてあげるわよ。……ほら、早く行くわよ? 昼休みが終わってしまうわ」
は唖然とする全員の前で嫣然と笑ってみせた。
事の一部始終を第三者に見られていることに気づくことなく。