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結果から言うと、お見合い大作戦は成功した……んだと思う。たぶん。
たぶんってのは、あの後何の結果報告もないからだ。ほら、「あの話はなかったことに……」とか、「他にご縁が……」みたいな断り。
だけど無事にパッチン部長にとっての「嫌な奴」を演じきったのだから、99%大丈夫だろう。残り1%? それは、目の前の光景から導かざるを得なかった可能性の数値。
現状を簡単に説明するならば、時刻は放課後。私が居るのは校門手前の植木の影。
校門の前にパッチン部長が見えたから、とっさに身を隠したのだ。少しばかり怪しく見えるかもしれないが、致し方あるまい。
それにしても一体何なのだろう?
テニス部に用事……があるにしては、パッチン部長は一向にあの場から動こうとしない。
おそらく人待ちなのだろう。
誰を? 私を?
いやいやいや、それはないだろう。
思わず頭を振って否定をしていると、校門に立っていたパッチン部長が動き出した。
通りかかった生徒に何かを尋ねているようだ。が、ここからでは全く聞こえやしない。
こうなれば、気づかれないぎりぎりの距離まで近づくしかあるまい。
人の影に隠れるようにして植え込みから飛び出し、なにくわぬ顔で校門に近づく。
何かを尋ねられたらしい女生徒の声が聞こえた。
「え、……ですか? わからないです。あの……」
Oh,my God!
思い切り私を探してらっしゃる、と。
「そうか。おい、を知らねぇか?」
パッチン部長は何か言いたげな女生徒を華麗にスルーして、次に通りかかった男子生徒に声をかけた。
って、よりにもよって同じクラスの男子生徒……だと!?
しかも男子生徒――あえて名前を言えば3年6組出席番号10番の佐竹義弘くん――は、当惑した様子で周囲を見渡してしまった。ちなみに席はお隣さんだ。
このままでは私がだとバレてしまうではないか!
せっかく必死になって擬態し、嫌な奴を演じきったというのに、全てが水泡に帰すとかやめてくれ。
目が合った。
不味いな。そう思って早足で彼らの方へと歩み寄った。いや、正確には歩くというより、だいぶ早足だったと思うけど。
「あ、――」
やばい。
私は咄嗟に、此方に声を掛けようとした佐竹くんの足を全力で踏みつけ、言葉を遮った。
「――っ!」
佐竹くんは声もなくしゃがみ込んだ。怪訝な様子で伺うパッチン部長の注意を引き付けるべく、佐竹くんが立ち直る前に声をかけた。
「彼のことは気にしないでください。ちょっと喧嘩中だったんで! ところで、彼に用でも?」
「……いや、人を探している」
よほど痛かったのか、佐竹くんはまだ復活しない。
「代わりに聞きますよ。どなたですか?」
「」
名前に反応して、佐竹くんが涙目で私を見上げてきた。
対して私は「余計なことを言うな」という意味をこめて、佐竹くんに視線を返す。幸か不幸かパッチン部長には気付かれなかったらしい。
「さん……ですか? なら確か、テニスコートの方へ行くって言ってましたよ?」
偉いぞ佐竹くん! 私の意を汲んだのかどうかは定かではないが、佐竹くんは何も言わずに居てくれた。
「そうか、助かった」
パッチン部長はそれだけ言うと、颯爽と私の横を通り過ぎて行った。
やはり見合いの時にメイクをしていたお陰か、私がであると分からなかったらしい。しかし、一体何の用事だったのだろう?
少し気になったが、ここで「私がです」なんて言おうもんなら、演技全てが無意味になってしまう。それに、彼が用事のあるは「あの」であって「今の」ではないだろうし。
「……おい、!」
呼ばれて遠退いていた意識が引き戻された。
見れば、佐竹くんは未だしゃがみ込んだまま、私を睨んでいるではないか。
「うわっ、ごめんって! そんな睨まないでよ佐竹くん」
「睨みもするっての! 無茶苦茶痛かったんだよ!」
煩い。煩いが、それでも一応パッチン部長が去るまでは文句を言うのも待っていてくれたらしい。巻き込まれただけなのに、確かにこれは酷い仕打ちである。全力だったし。
「アイツに私がだって知られたくなかったのよ、ごめん。明日何か奢るし、ね?」
同じくしゃがみ込み、苦笑混じりに手を合わせると、佐竹くんは「はぁ」っとこれ見よがしに溜息をついて、ゆるりと首を左右に動かした。
「今日」
「は?」
「だ〜か〜ら、今日が良いって言ってんの!」
ほら行くぞ、と立ち上がった佐竹くんに手を差し出された。
ここは胸キュンポイントなのだろうか?
しかし生憎、これから奢るという条件下でときめける程、私の心は広くない。例え自分に非があろうとも、だ。
それどころか「恋って、したくても中々出来ないものなんだなぁ〜」と、妙な感慨を抱くばかりである。
「ほら、早くしろって!」
焦れた佐竹くんに手を掴まれ、立ち上がらされた。
どうやら今日は厄日らしい。
意気揚々と歩き出した佐竹くんの背中を追いながら、私は諦め半分で財布の中身を思い浮かべるのだった。