L /
M /
S
文字サイズ変更
えー、前回までのあらすじを……あっ、いらない?
さてさて、困ったことになった。
私に用意された選択肢は全部で三つ。
一、普通に振り返る。
二、弁当を西園寺さんに押し付けて走り去る。
三、弁当ごと消える。
普通に考えて【一】で問題ない気がするな……。そもそもパッチン部長が数日前にちらっと話しただけの私を覚えているとは思えないし、過剰な忌避は自意識過剰な気がするし。
「おい、聞こえなかったのか? 部外者が何をしている?」
さわさわと頬を撫でる風に一度目を閉じ、覚悟を決めて振り返る。
「あーっと、知り合いの忘れ物を届けに来ただけなんですけど……やっぱり勝手に入っちゃったのはまずかったです……よね?」
あはは、と空笑いを浮かべれば、何故かパッチン部長が目を見開いた。
あれか、もしかして私のこと覚えてるとか?
そういえばパッチン部長はテニス部の部長と生徒会長を兼任してたって話だし、頭の方も相当よろしいのだろう。納得だ。
てことは……もしかして、もしかする?
「誰に何を届けに来た?」
あー、やっぱし。
眇められた視線で睨まれる。蛙を睨む蛇じゃあるまいし、と言いたくなる視線。結構な迫力である。
その証拠に背後で砂が擦れる音が響いた。僅かに遠退いたそれは、恐らく西園寺さんが後ずさった音に違いない。
どうやらパッチン部長は私が「誰かに忘れ物を渡す」という名目で自分に会いに来たと捉えたらしい。
自意識過剰だよ!
そう言ってやりたい気持ちは山々だが、彼が大層おモテになることは事実。むしろ「俺なんか追ってくる奴いねぇよ」と白々しい台詞を吐かれるより、幾らかマシなように思える。
けどさ――。
「それ、貴方に言わなきゃいけないんですか?」
今もなのか既に元なのかはわからないが、パッチン部長が生徒会長らしいということは若から聞いて知っていた。しかし、普通は部外者の私が知っていたら可笑しい。
いやもったいぶった言い方したけど、本音はこれだ。
ずばり――ムカツク。
こうも決め付けで上から物を言われると、ちょっとばかし反抗だってしたくなってくるってなものだ。
言葉は荒げない。代わりに演劇部の皆さんのご指導の下手に入れた演技力で、わかりやすく「キョトン」という表情を作って首を傾げてやった。
言外に「テメェにゃ用はねぇ!」と告げる行動。
パッチン部長は探るような視線を此方に向けてきた。何だろう、苛立ちよりも哀れみがこみ上げてきた。見合いの時にも多少思ったけど、この人どんだけ人間不信なのさ……。
氷帝には普通の子居ないのかな? んー、でも西園寺さんも結構普通の子だと思うんだけど?
思わずマジマジとパッチン部長の顔を見つめてしまった。
確かに顔はいい。頭もよくて? 家柄、だっけ? それもいい。
あれ? 完璧じゃない?
何で私はあんなにお見合い嫌がったんだっけ?
パッチン部長から視線を外して本気で悩む。小さく唸って傾げた首をもっと深く傾げれば、パッチン部長がようやく声を発した。
「まぁいい。俺様が生徒会長だからだ」
「……はぁ。何にせよ、一生徒さんに個人情報漏洩するのは嫌なので、申し訳ありませんが職員室まで連れて行ってくれませんか? 西園寺さん」
ちらっと肩越しに西園寺さんに声をかける。
結論としてはパッチン部長がどうのこうのって言うより、私は単に恋愛結婚希望なだけってことかな。「俺様の美技に〜」ってセンスはどうかと思うけど。
何にせよ、これ以上無為に関わるのはごめんだ。彼との結婚話に振り回されるのが嫌ってのもあるし、これ以上下手に関わって私がだと知られたら、見合いの時の態度について説明しなきゃいけない。「貴方と結婚したくなかったから」って、私だったらどんな奴が相手であっても言われたら屈辱だと思うしね。お互いに関わらない方が得策なのだ。
「あ、はい。私が案内しますわ」
しっかりと頷かれたのを確認して、私は西園寺さんの方に向き直った。
さて、昼休憩に間に合うようにしなくては……。
頭の隅っこで、何でパッチン部長が私を探していたのか、という疑問が解消されていないことには気付いていたけれど、知らない振りをした。
だが、
「いや、俺様が連れて行く」
歩き出そうとした私の肩を、後ろから掴まれる。
「へわっ!?」
「何か問題があるか?」
問題しかないですよ?
「……跡部様がそう仰るのでしたら」
ちょっと、西園寺さん!?
先程までの不用意にテニス部員に近づくのは……オーラはどうしたの?
あっさりと引き下がった西園寺さんは、もしかしてパッチン部長のファンの方なのだろうか? そう思ったのは一瞬。彼女の目には私に対する嫉妬やら何やらの感情は一切感じなかった。むしろ安堵したように眉尻が下がっている。
「行くぞ」
「あ、はい。えーと、じゃあね西園寺さん!」
私に選択の余地はないようだ。
歩き出したパッチン部長の背を追いながら、すれ違いざまに西園寺さんに手を振る。
にっこりと微笑まれ、心が浮き立った。今ならどんな苦難にも耐えられそうな気さえする。
――美少女の微笑み侮りがたし。