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中三とは思えないな……。
パッチン部長の後ろ姿を追いながら、中学生にしては完成しすぎている背中をしげしげと眺める。テニス部ってこんなもんなんだろうか?
うちの学校の会長に至っては教員もかくやという老け具合だし、不二にしても菊丸にしても結構出来上がった体格してるよね。性格はともかく。
語尾に「にゃあにゃあ」ついているクラスメイトを思い浮かべて、外見と中身のギャップがあるようなないような、と微妙な感想を抱く。
「おい」
「……はい?」
まさか話しかけられるとは思わなかった。
返事をするとパッチン部長は歩を緩めて私の横に並ぶ。何だろうと顔を上げれば、アイスブルーの瞳が私を見下ろしていた。
「テメェは俺様を覚えてねぇのか?」
……んん?
場所が場所ならちょっとしたナンパかと勘違いしてしまいそうな台詞である。ま、間違っても私がナンパされることなんてないだろうけど。
「えーっと、それはこの間うちの学校に人捜しに来てた件のこと言ってます?」
こんだけ特徴的な顔を忘れたって言う方が怪しいよね? 逆に私みたいな何の特徴もない顔を覚えてるパッチン部長は凄いと思う。って、これさっきも思ったっけ。
「……アーン? 覚えてんじゃねぇか」
なら何故言わないのかと問われて少々唖然とする。
「えーっと、言う必要あります? あれですか? あの後会えましたか? とか聞いた方が良かったですか? という以前に、よく私の顔覚えてましたね? てっきり覚えてないと思ってたんですが……」
なんだか面倒になって思考を精査せずに垂れ流した。
私の言葉にパッチン部長の顔が不可思議そうに傾く。
「数日前に見た顔なんざ忘れるかよ。第一テメェも覚えてんじゃねぇか」
「いや、貴方はこう……特徴のある顔してるじゃないですか。泣きボクロとか。……泣きボクロとか」
「泣きボクロだけじゃねぇか!」
「とか言いますけど、有名な割りに案外見かけないですよ? 泣きボクロある人って。それに……覚えてるのが普通だとしても、今日の私は制服じゃないし、印象変わるから余計に分かりにくくなりますよね? だからどのちみち分からないだろうし、別に分かってもらわなくても用件には何の影響もないし、別にいいかな……って」
「……なるほどな」
ふむ、と頷くパッチン部長は結構素直だと思う。
それにしても広い学校だ。来客用の玄関から向かうらしく、まだ校舎へすら入れていない。ちなみに昇降口は数分前に通り過ぎた。もうそっから入れてくれれば良かったのに。
「あ――……っと、生徒会長さん、あとどの位かかりますかね?」
咄嗟に名前を呼びそうになって堪える。さっき西園寺さんが名前呼んでた気もするけど、正直全く覚えてないんだよね。
「跡部」
「へ?」
「跡部景吾だ」
「……はぁ」
ん? 物凄く警戒心強いと思ってたのに、道案内するだけで名乗っちゃうってどうなの? 普通道案内しただけの人に教えない、よね?
こうなるとむしろもう少し個人情報は大切にした方がいいよ、と言うべきなような気もする。
「で?」
「『で?』とは?」
「アーン? こっちが名乗ったんだ。そっちも名乗るのが筋ってもんだろうが」
言い放たれたパッチン部長の言葉には、まるでよどみが無い。ジッとこちらを見つめるアイスブルーが返事を促してくる。
別に私が名乗れと言ったわけではないのに、その瞳の圧力に負けて、気付けば知らず唇を動かし始めていた。
「私は――」
「跡部さん」
どこからともなく聞こえた若の声に、ハッとして視線を巡らせる。
首をぐるっと動かすと、肩で息をする若が私越しにパッチン部長を見ていた。私が若の方を見たことで、ようやく私の存在を認識したのだろう。若は数度瞬きして私の手元に視線を留めた。
「……と、鞠花さん?」
まりか……って、私のこと?
当然ながら幼馴染の若が今更私の名前を間違うことなどあり得ない。とすれば、これはわざとってこと……だよね?
「日吉くん!? 丁度よかった、これ明菜さんに頼まれて届けにきたの!」
恐らくは私のための演技なのだろうから、と若の演技に乗っかる。
普段苗字で呼ばないからどうにも違和感が拭えず、自分で言った言葉に背筋がぞわっと粟立った。体に悪い。
「そうだったんですか。わざわざすみませんでした」
こちらに歩いてきた若が申し訳なさそうに頭を下げた。
きっとこの気持ちだけは本当なんだと思う。いかにも決まり悪げだ。
「ううん。無事にお昼前に渡せてよかったよ。ってことで生徒か……跡部さん、職員室に行く理由もなくなりましたので、私はこれで。わざわざ案内ありがとうございました」
若からパッチン部長に視線を移して小さく頭を垂れると、私はそそくさと踵を返した。が、腕を掴まれて前に進めない。
「あの?」
「テメェは日吉の知り合いか?」
逆らい難いこの目は何なのだろう。
拒否を許さないアイスブルーは、例えるならば気位の高い帝王様。しがない一般庶民でしかない私が対峙するには分が悪い。
「さっきも個人情報の漏洩はごめんだと……そう睨まないでください。そうですよ。彼の家の道場に通ってるんです。それがどうかしましたか?」
「……いや、何でもねぇ。それよりここまで案内してやったんだ。帰る前に名前くらい置いていけ」
聞いておいて『それより』っていうのはどうだろう。
「跡部さん、幸村さんが……」
「アーン? すぐ行く。で?」
若の助け舟はあえなく撃沈。
既に偽りの名前が紡がれているのだから、それに合わせるだけだ。
「……茶倉鞠花」
「桜?」
「もしかして花の桜を想像してます?」
「違うのか?」
やっぱり慌てた時はゼロから思考を構築するなんて真似はできなくて、口を衝いて出たのは友達の苗字。きっと若が出した鞠花って名前も、クラスメイトか友達か、いずれにせよ知り合いの名前なんだと思う。
「違いますね。っと、そろそろ行きます。跡部さんもどなたか待たせてるんでしょう?」
「……あぁ」
「それじゃあ跡部さん。……またね、日吉くん」
深く突っ込まれればボロが出る。
パッチン部長の手が腕から離れたのを確認して歩き出すと、背後から不吉な言葉が聞こえてしまった。
曰く――。
「またな、鞠花」
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すみません。ヒロインの偽名固定です。
また、ヒロインの偽名or若ママと同名で変換してる方がおられましたら、こちらの名前を変えますのでそちらもご一報ください。