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目の前に聳え立つバカデカイ建物を前に途方に暮れる。この感覚、どこかで……そう思って納得した。ついこの前氷帝に行ったときに感じた感覚と酷似しているのだ。
「金持ちって……いや、普通の金持ちに失礼か」
金持ちみんながこうだと思われたら、それこそ心外だろう。現に西園寺さんを送った時に見た家も、相当立派だったけれどここまで「え、城なの?」みたいな家ではなかった。
インターフォンってこれだろうか?
門扉の大きさに不釣り合いな小さな機械を前に首を傾げる。
「これ、だよね?」
見慣れたフォルムなのだ。間違いあるまい。こういう家でもあるもんだな、インターフォン。
……それもそうか。宅配便の人とかないと困るしね。変な納得の仕方をして腕を持ち上げる。
「よし」
人差し指グッと突き出し、ボタンの上に乗せる。……が、押せない。
今更ながら、もの凄く緊張していることに気づいてしまった。
乗せた指を離し、細く長く息をつく。
いやいや。これじゃだめだ。
すうっと吐いた分の息を吸い込み、インターフォンを睨み据える。
ええい女は度胸だ!
人差し指を限界までピンと伸ばし、ボタンを押した。
返事が返ってくるのを待つ数秒がやけに長く感じて、心臓がギュ〜っと痛くなった。
いっそ逃げてしまおうか。
私の心の中を見透かしたようなタイミングで、プツッと機械から音がした。
「はい。どちら様でしょうか?」
意外と普通の応対なんだ。よくわからない感想を抱きつつ、カメラに向かって頭を下げた。
「あの、と申します」
口の中の水分がいつの間にか無くなっていて、出した声は掠れた上に、緊張のせいで裏返ってしまった。
完全に不審者だ。門前払いを覚悟した……のだが、返ってきたのは私の訪問を撥ね除ける冷たい声ではなかった。
「様……様でいらっしゃいますか?」
どこか喜色すら滲む声で名前を呼ばれれば、戸惑うしかないない。流石に頭を下げていたら声が届かないかもしれないと顔を上げる。
「……あ、はい」
「申し訳ございません。本日景吾様は外出中でございまして……」
言いにくそうに言われ、慌てて首を横に振る。
この方には悪いけど、事前に跡部さんが居ないことは確認済み。むしろこの日を狙って来たのだ。
「今日はけ、景吾さんのお父様に、ご当主様にお会いしたいんです」
言い慣れない呼称は少々気恥ずかしい。
「――かしこまりました。迎えを寄越しますので今暫くお待ち頂けますで
しょうか?」
居るか居ないかは賭けだったけど、この勝負、どうやら勝てたらしい。ご当主様への確認の為か、少し間をおいてインターフォンの向こう側からそう伝えられた。
「わかりました」と答えると、インターフォンが切られ、背の高い鉄門扉が独りでに左右に割れる。
「本当、規格外だわ」
幸いにも、インターフォンも切られた今、私の独り言を聞いた人間は一人も居なかった。
****
迎えに来てくださったのはなんとメイドさんでした。
家政婦さんって存在はほら、テレビのドラマとかで見るし、今でも居ることは知っていたけれどメイドさんって……居たんだ? と。
もちろんメイドさんを知らないわけじゃない。メイド喫茶なんてのは有名だし、そういう格好している人も見かけるし、学祭でやってるとこもあったし。けど、本物のメイドさんは雰囲気からして全然別物だった。
下着が見えそうなほど短いスカートなんて履いてないし、キャピキャピした感じもない。すっと通った背筋に、丁寧な物腰に、跡部家のメイドとしての誇りすら感じる。
「こちらが旦那様の執務室でございます」
木製の重厚な扉の前で足を止めると、メイドさんは扉を数回ノックした。
「旦那様、様をお連れ致しました」
「入って貰いなさい」
中からの声を受けてメイドさんが扉に手をかける。音もなく開かれた扉を呆然と見ていると、メイドさんに「どうぞお通りくださいませ」と促された。おずおず歩を進め、中へと足を踏み入れる。
「し、失礼します」
入るなり頭を下げたものだから、自分の足と、高そうな絨毯しか目に入らない。土足で踏んでいい代物なのだろうか、と場違いな心配をしていると視界の中に自分の物ではない靴が映り込んだ。
「顔をあげてください」
すぐ近くから聞こえた柔らかなバリトンこそが、この家のご当主らしい。しかしこの声、どこかで聞いた覚えがある。
言われた通りに顔を上げてみれば、壮年の男性が目の前に立っていた。
加えて言うならかなりの美形。一度見たら忘れられないくらいの、と言えば跡部さん……じゃ同じか……景吾さんと同じ。
そして、私はこの人と以前に会った覚えがある。
「あの時の」
「おや、覚えていてくれたのかい?」
形のいいアーモンド型の瞳を綻ばせ、目の前の男性は「立ち話も何だし、座らないかい」と応接用と思しき椅子へと案内してくれた。