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婚約者からお願いします?

第26話 正式な仮婚約者(後編)

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です。跡部さんは氷帝のテニス部なんですよね?」


余計な間を端折れば、おそらくそう聞いたと思う。たぶん。……きっと。


は青学だったな」


台詞が変わった。
あの日をなぞるというより、これはあの日のやり直しなんだと、ようやく私は気が付いた。


「そう、青学です。ちなみに青春学園って外で略さずに呼ぶのは、少し勇気がいるんですよ」


さっき怒らせたばかりということもあって、敬語は抜くタイミングが掴めないけど、少しでも本来の自分に近づけたいと思う。
そういえば、今でこそ心の中でも「跡部さん」だが、あの日は「パッチン部長」だったんだよな〜と思い返すと、妙な気分だ。


「テニスの話題を出すってことは、テニスが好きなのか? それとも青学の部員と親しいのか? それとも日吉繋がりか?」


項目が一つ増えている。


「テニスは若繋がりで、少しだけ興味があるって感じです。好きは好きですよ、たまに若に教えてもらいますし。それから部員とは一部知り合いって感じ……です」


敬語は硬いかな? とも思うけど、見合いならこんなもんだよね?
と、形式に囚われていたのは私だけだったようだ。


「敬語はやめろ。自然体じゃなきゃ意味がねぇしな。……それで、注目してる選手はいるのか?」


なら命令形はやめろと言うべきだろうか。跡部さんにとって自然体でも、上下関係が出来上がっている感じが至極癪に障るのだ。とはいえ、嘘ついてたって立場上強く出るわけにもいかずに口篭る。まぁいいか。この先も会うとは限らないのだ。
そんな風に、頭の片隅で違うことを考えながら、自分の知っている選手たちを脳裏に描いていく。


「……プロには居ないかな。基本的に若通して観てる感じだから……あえて言うなら若。それに古武術は自分もやってるから、古武術と他のものを混ぜるっていうのに興味があるし。それから立海の幸村くん。五感奪うってどういうことなのか、一度体験してみたいと思う。でもテニス上手くないと体験すらできないのかな? だったら少し残念かも」


お許しが出ているので遠慮なく敬語は抜いた。敬語が崩れると一気にフランクになって、見合いというより世間話のような雰囲気になる。


「ほぅ。俺は入ってないわけか。アーン?」


正直に言ったら言ったで気に入らないらしい。
跡部さんの頬がピクリと引き攣っているのが目に入って、何とも言いがたい気分になる。
跡部さんか。跡部さんのプレイは、え〜と? 思い出すのは今年の都大会と全国大会。だけど……。
思い出されるどのプレイより、あの指パッチンが気になる不思議。


「……あの指パッチンが、なんであんなに響くのかは気になるけど……プレイスタイルはオーソドックスかな〜なんて。あ、でも死角が氷柱で見える原理には興味ある……かも?」


けれど注目しているかと問われれば否である。
ニュアンスで伝わったのだろう。跡部さんは渋い表情をして話題を打ち切った。




「はい?」

「お前は俺と結婚したいか?」


付き合うという段階は、何故かすっぽ抜けているらしい。が、いかにも真剣ですと言わんばかりの視線を向けられれば、茶化すわけにもいかないというもの。
私は出来る限り詳細に、跡部さんとの結婚生活を思い描いてみた。


「いや……結婚は、う〜ん」


こういった場面で顔の話を持ち出すのは、自分でも「ちょっとな」とは思う。思うけど、跡部さんって結婚してても普通にモテそう。浮気の心配を始終するとか嫌だな。将来お偉いさんになって、美人の秘書さんなんてついた日には、胃がキリキリだろう。間違いない。まぁ、それはいい。愛があれば何とやらだ。
けど、お金持ちとの結婚って、親戚付き合いとか怖いな。私遺産とかいらないのに、遺産目当てなんでしょ! なんて責め立てられたら鬱になる。お金ってある程度はないと困るけど、あり過ぎても辛いものだと思うんだよね。
それでも、その苦労をしてもいいと思えるくらい好きなら、きっと幸せになれるのだろうけど。
つまり、やっぱり愛があれば何とやらなのだ。
だから。


「今は……したくない。好きでもないのに結婚してまで、苦労はしたくないし」

「苦労?」


意外そうに問い返されて、今思い描いたことを正直に口にすることにした。
すると跡部さんは納得した様子で頷いて、長い脚をやおら組みなおした。思わず視線が奪われる。私の脚も伸びないものか。





不意に、跡部さんが私の下の名前を呼んだ。
一体急になんなの?
驚いている暇もなく、次いで大きな爆弾が落とされる。


「今日から正式に仮婚約者になれ」


正式なのに仮? 婚約云々以前に言葉が引っかかって仕方がない。


「どういう意味?」

「期限付きの婚約者……だな」

「期限?」

「あぁ。俺たちのどちらかが、どちらかを好きになるまで。もしくは他に好きな奴が出来るまで」


他の人をというのはわかる。でも、相手を好きになったら終わりだなんて、ますます意味がわからない。


「好きになっちゃ駄目ってこと?」

「そうじゃない。ただ、だらだら続けても意味がねぇからな。どちらかが自分の気持ちを伝えるまで、だ。その告白が成立すれば正式な婚約者に。破綻すれば婚約は破棄。もしくは他に好きな奴ができたと報告があれば破談だ」


思いのほかリスキーな話に、すぐには頷けなかった。
結局片想いした挙句振られるなら、別に無理に婚約なんてしなくてもいいような気がするのだ。
けれど同時に不二と菊丸の言葉が脳裏を過ぎる。
リスキーな話だけど、元々最初からそのつもりだったと言えば、そうだ。それでも知ろうと、向き合うと私は決めたんだから。


「……わかった」


噛み締めるように首肯すると、跡部さんは思い出したように付け加えた。


「俺のことは景吾と呼べ。いいな、?」


先程同様、サラリと私の名前を呼び、跡部さ――景吾は嫣然と微笑んだ。
もしかすると、もう勝負(?)は始まっているのかもしれない。





()

(こうして、私に正式な仮婚約者ができました)


第一部完



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