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ついにこの日が来た――なんてと言うほど、約束してから時間は経っていないのだけど、そう言いたくなる程度にはそわそわしながらこの日を迎えた。
昨日はあんまり寝られなかったし。
待ち合わせ場所は私の家と景吾の家の中間にある駅だ。最初は車で迎えに行くとか言われたんだけど、最初にエスコートするって言ったのは私だしと却下させて貰ったのだ。
景吾は納得してなかったみたいだけど、彼女の我儘を聞くのも男の度量だと思うの、とよく分からない駄々を捏ねた私の勝ち。
流石に自宅に黒塗りの車が来たら何事かと思われそうだし、何よりおじいちゃんに景吾と出掛けるの知られるのは気恥ずかしい。デートだよ? デート。
待ち合わせの駅に着くと改札を抜けて、駅の入り口付近の壁に背を預けた。中間、というだけで選んだ駅は規模も小さく、広場もロータリーもベンチもないのだ。
駅前に置かれた時計を見上げ、ふうっと息をつく。
待ち合わせ三十分前。流石にちょっと早かったかもしれない。
「う〜ん……」
「何唸ってんだ? アーン?」
どうやって時間を潰そうかと考えていると、聞き覚えのある声……と言うよりフレーズが。顔を上げれば目の前には景吾の顔があった。待ち合わせの三十分も前だというのに、だ。
彼の家のものと思しき車は見当たらないことから、景吾が電車で此処まで来たらしいことが窺い知れた。
前に若から聞いた話では、公共の交通機関を使うところなど見たことがないということだったけど、見たことがないだけで、使わないわけでもないのかもしれない。
「ちょっと早く着いちゃったから、どうやって時間潰そうかな――ってね。でも、考える必要なくなったみたいで良かった」
「そういうことか」
「うん。でも人のこと言えないけど、景吾早くない? まだ待ち合わせまで三十分もあるんだけど」
ギリギリに来るとは思っていなかったけれど、それにしたって三十分前は早すぎだ。
私が駅前の時計を指して言えば、景吾は小さく鼻を鳴らして笑った。
「俺様が女を待たせるわけねーだろうが」
「……そ、そう」
反応に困る。
彼の口ぶりから察するに、別に私が特別とかそういうことではないのだろうけど、それでもちゃんと女性扱いされてる感じが照れくさい。というか新鮮。
やっぱり若と一緒に居ても女扱いというよりは家族扱いだし、クラスメイトの男子にしたって、当然女子だとは思ってるんだろうけど、女性としては扱ったりしないもの。
「ほら」と差し伸べられた手に己の手を重ね、先ほど出てきたばかりの改札へと向かう。そう、此処はあくまで待ち合わせ場所であって、目的地ではないのだ。
****
「スケートセンター?」
連れて来た建物を見上げて、景吾が首を傾げた。何の変哲もない灰色の建物の入り口には、横文字でスケートセンターと掲げられている。そう、ここはスケートリンクだ。
「ん。景吾はしたことないんじゃないかな〜って思って。したことある?」
「いや」
「なら良かった。ほら、行こう!」
繋いだままの手を強く引き、私は入り口へと歩き出す。向かったのは受付。
受付のお姉さんの視線を一身に浴びながらも、景吾は平然としている。見られることに耐性があり過ぎだろうと思うけど、まぁ、それも仕方ないのかもしれない。
それにしても中学生まで子供料金だからと、「子供二人」と言った瞬間のお姉さんの顔は忘れられない。目が文字通り点になって、口紅の乗った唇がぱっかりと開いていた姿は、こう言うのは失礼だけど魚に似ていた。
景吾が中学生だというのが余程信じられなかったのか、はたまた信じたくなかったのか、景吾はしっかりと身分証の提示を求められていた。手塚くん辺りも大人っぽいから、こんな感じなんだろうな。たぶん。
別段気にした素振りも見せず、慣れた様子で身分証を提示する景吾を眺めながら、うちの学校の生徒会長の姿を思い浮かべる。確か手塚くんもテニス部だって話だし、テニス部は老け……大人っぽい人が多いのだろうか?
「ねぇ景吾」
靴を履き替えるためにロッカーへと向かいがてら、疑問をぶつけてみることにした。
「アーン?」
「私、あんまり他校のテニス部に詳しくはないんだけどさ、テニス部ってアダルトな人材集めてるの?」
「は?」
何言ってるんだこいつ? って顔されるとほんのちょっぴり傷つくんだけどな。
「だってさ、手塚くんとかどう見ても中学生ってカテゴリじゃないし、景吾だってその、大人っぽいし、菊丸くんはともかく、不二くんだって中学生っぽくはないよね? それに若にしたって年下には見えないし。学校問わず、テニス部ってそんな感じだったりして、なんて思ったんだけど」
「んなわけ……ないとも言えねーな。まぁスポーツしてりゃ筋肉もつくし、背も伸びる。別にそういう人材を集めたわけじゃねーだろうが、確かにそういう奴は多いかもな」
即座に否定を口にしようとした景吾は、何を思い出したのか、すぐに肯定へと転じた。正しくは肯定ではないけれど、老け――大人っぽい人間が多いのは確かのようだ。
「なるほど。私もスポーツはしてるけど、あんまり背とか伸びないなぁ〜。何でだろ?」
そもそも、スポーツというか武術だけど。
隣を歩く景吾の身長を羨望を込めて見上げると、景吾はクッと喉を鳴らした。
「そもそもスポーツの種類が違うんだよ」
だそうだ。
つまり、これまで通り、私の身長が飛躍的に伸びることはないのだろう。ちょっとムカついたので横の脛を蹴飛ばしてやったら、きっちりと入ったのか、景吾は立ち止まって蹲った。うん、いい気味だ。
「景吾、先に行くよ〜?」
へらりと笑って手を振ると恨みがましそうな目で見上げられた。けど、普段見下ろされている人を見下ろすのって気分いいよね。という訳で、私は景吾を放置し、スキップをしながらロッカーへと向かった。
当然後ろは振り返らずに。