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――コンコンッ
「景吾です」
硬質なノック音を響かせ、重厚な木製の扉の前に立ち返答を待つ。
普段は自分が返答をする立場に居ることの方が多いため、この遣り取りには違和感を感じる。
日頃家になんか、いや日本になんか居やしねぇのに、たまに帰ってくるとこれだ。
俺だって親に会いたくないわけじゃねぇ。
……それなりに尊敬もしてるしな。
ただ、親父がこうして俺を部屋に呼ぶときには、大体ろくなことがねぇってだけだ。
「入りなさい」
「……はい。失礼します」
溜息を吐きたくなるのをグッと堪えて、重い扉を押し開ける。
中に入ると親父はアンティーク調のデスクの前に腰掛け、書類に目を通していた。
仕事あんなら呼ぶんじゃねぇよ……と思ったのは、これから降りかかるだろう親父の言葉を聞きたくねぇからだ。
「で、一体何の用ですか?」
警戒心も露わに、入口近くに立ち留まり話を促すと、親父は至極楽しげな笑みを湛えてこう宣った。
「二週間後にお前の見合いが決まった」
“またか”という気持ちと“決定事項か”という気持ちが綯い交ぜてモヤモヤする。
呼ばれた時から、どうせこんなことだろうとは思ってたがな……。
苦い気持ちを飲み下し、素っ気なく首肯すると俺は無言で親父に背を向けた。
「話がそれだけなら俺はこれで」
――ガチャッ
部屋を出ようとノブに手を掛けると、背後から笑みの含まれた声が掛けられた。
「ほぅ、名前もプロフィールも聞かないのか? ……写真もあるが?」
どうせ写真でも振っているんだろう。ピラピラと特徴的な音がする。
「直接会えば……わかることですから」
まぁ、正直興味がねぇってのが理由だ。
どうせまた、どっかの令嬢とかなんだろうしな。
跡部の名に寄って来る女を許嫁にするなんざ真っ平だ。
会うだけ会って断りゃいい。
俺は内心を押し隠してそう言うと、半開きだった扉を引き、その場を後にした。
親父が俺の背を見送りながら、楽しそうな笑みを浮かべていたとも知らず。