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婚約者からお願いします?

第4話 帝王様はご機嫌ナナメ

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――コンコンッ


「景吾です」


硬質なノック音を響かせ、重厚な木製の扉の前に立ち返答を待つ。
普段は自分が返答をする立場に居ることの方が多いため、この遣り取りには違和感を感じる。

日頃家になんか、いや日本になんか居やしねぇのに、たまに帰ってくるとこれだ。

俺だって親に会いたくないわけじゃねぇ。
……それなりに尊敬もしてるしな。

ただ、親父がこうして俺を部屋に呼ぶときには、大体ろくなことがねぇってだけだ。


「入りなさい」

「……はい。失礼します」


溜息を吐きたくなるのをグッと堪えて、重い扉を押し開ける。
中に入ると親父はアンティーク調のデスクの前に腰掛け、書類に目を通していた。

仕事あんなら呼ぶんじゃねぇよ……と思ったのは、これから降りかかるだろう親父の言葉を聞きたくねぇからだ。


「で、一体何の用ですか?」


警戒心も露わに、入口近くに立ち留まり話を促すと、親父は至極楽しげな笑みを湛えてこう宣った。


「二週間後にお前の見合いが決まった」


“またか”という気持ちと“決定事項か”という気持ちが綯い交ぜてモヤモヤする。
呼ばれた時から、どうせこんなことだろうとは思ってたがな……。

苦い気持ちを飲み下し、素っ気なく首肯すると俺は無言で親父に背を向けた。


「話がそれだけなら俺はこれで」


――ガチャッ


部屋を出ようとノブに手を掛けると、背後から笑みの含まれた声が掛けられた。


「ほぅ、名前もプロフィールも聞かないのか? ……写真もあるが?」


どうせ写真でも振っているんだろう。ピラピラと特徴的な音がする。


「直接会えば……わかることですから」


まぁ、正直興味がねぇってのが理由だ。

どうせまた、どっかの令嬢とかなんだろうしな。
跡部の名に寄って来る女を許嫁にするなんざ真っ平だ。

会うだけ会って断りゃいい。

俺は内心を押し隠してそう言うと、半開きだった扉を引き、その場を後にした。




親父が俺の背を見送りながら、楽しそうな笑みを浮かべていたとも知らず。



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