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婚約者からお願いします?

第7話 知らぬ間の邂逅

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「アーン? おい、止めろ」


一言告げると、小さな応えと共に乗っていた車が急停止した。
俺は運転手を待たずに扉を開けて降車し、大通りを挟んだ反対側の歩道を睨んで、舌打ちした。

睨んだ先には、柄の悪そうな二人組に絡まれている氷帝生。
面倒だが、見過ごすわけにも行かねぇ。

とは言え、近づこうにも大量の車の流れが、行く手を阻む。信号は変わりそうで変わらず、そうこうしているうちに男の一人が、うちの生徒に手を伸ばしやがった。


「チッ……、まだ変わんねぇ」


信号と視界に入る光景を見比べ、イライラしながら、車の流れが途切れるのを待つ。仕方ねぇ。無理にでも渡るか……。そう思って一歩踏み出そうとした時だ。


眼前に緑色が舞った。


いや、眼前ってのは語弊があるか。なんせ緑が現れたのは、通りを挟んだ向こう側だからな。

あれは青学の制服か?
他所では中々お目にかかれない、緑で誂えたセーラー服。

青学の生徒と思わしき少女は、氷帝生と男達の間に割って入ると氷帝生を自分の後ろに隠し、男らに対峙した。


……が、だからと言って、女一人にどうにか出来るとも思ねぇ。


信号は未だに変わらなかったが、運良く車の流れは途切れた。行くかと再び一歩を踏み出そうとした瞬間、男の一人が助けに入った少女に手を上げやがった。

チッ……。

舌打ちと共に地を蹴ったが、間に合わず、男の拳は少女に向かい――。


宙を舞った。


驚くなよ?
…………男が、だ。

何らかの流儀に則っているんだろう。無駄の無い流れるような動きで、殴り飛ばし、次いで殴り掛かってきたもう一人の男も、蹴り倒してしまった。


「……ククッ」


一度ならず二度までも俺の見せ場を奪うとはな。やるじゃねぇ〜の。アーン?

咽奥で笑い、俺は二人に背を向けて車に戻った。再び流れはじめた車上からの景色の端には、未だ一緒に居る二人の少女。




それは図らずとも訪れた邂逅。



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