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「あ、跡部さ……んは、確かひょ、氷帝、なんで、すよ、ね?」
そう口にした途端、パッチン部長が何か探るような視線を向けてきたのには、さすがだと感心せざるを得なかった。
何でって?
だってワザと跡部様と言い掛けて、跡部さんに直した体を装ったんだもん。偶然って可能性も勿論捨てがたいけど、多分ビンゴじゃないかなと思う。
あとは、単純に氷帝の生徒会長だとか、氷帝テニス部の部長とか、そう言う肩書きに気を惹かれてるのかを確認してる……ってとこかな?
まぁ、肩書き云々は無くても、パッチン部長の容姿に惹かれるって子も多そうだけど。
ほーんと、見れば見るほど整った顔。まるでビスクドールみたい。
「えぇ。さんは……」
「せ、青しゅ、ん学、園……で、す」
驚いた。どうやらパッチン部長は、事前に私の情報を仕入れていないらしい。余程私に興味が無かったのだろう。それは不名誉なことかもしれないけど、今の私にとっては願ってもみない展開だ。
……にても、我が校ながら本当に恥ずかしい名前だよね。普段だったら絶対青学で済ます。これ一種の羞恥プレイだよね? 演技関係なく恥ずかしくて頬熱いし……。
いやさ、今回に限っては都合いいんだけど、さ。
私はやはりチラチラとパッチン部長に視線を送りながらも、なるべく視線自体は絡ませないように気をつけた。……うん、これだけでも結構うっとうしいよね。
そして、真っ赤な着物を皺になるくらい握り締め、緊張していることを故意に伝える。
一応アピールっぽいこともしとかなきゃ逆に怪しまれそうでしょ? だから他意の無い、単なる鬱陶しい女子だと認識してくれればベストなんだ。
さて、頑張るぞ! って言っても、あんまりマナーや行儀の面で引かせるのは、私的に嫌なので基本的な攻撃手段は会話しかない。
「……あの。跡部さ、んは、テニ……ス部部、長なん、で、すよ、ね?」
はい、跡部景吾100のダメージ。
だって今、ピクッとパッチン部長の口端が動いたもん。
やっぱりテニス部ネタは鬼門なんだね〜。まぁ若の話を聞く限り無理はないけど。
それに、明らかに視線が険を帯びた。
うん、やったね! 警戒された!!
…………虚しい。
なにこの救われないゲーム的なノリ。落とすなら得るものもあろうに、フラレゲーって、自ら進んですることじゃないような……。
だめだ、考え出したら惨めになる。大丈夫。フラれた後には素晴らしき(多分)青春が私を待っているはず!!
「…………跡、部さん?」
中々返事をくれないパッチン部長に、あたかも不安です、と視線をさ迷わせながら声をかける。ここで少し顔を青ざめさせるのがポイント。
青ざめるために私が脳内で再生させたのは、若のお気に入りDVD。
要はホラー映画だ。実は怖いものが苦手な私には効果覿面だったりする。若干青ざめるを通り越して涙が滲みそうになったり、胃の内蔵物が迫り上がってきたりと、副作用が半端無い特効薬だ。
「あぁ、すみません。確かにテニス部部長……でしたね。私は既に引退しましたから、実際は元部長です」
うん。だろうね。わかってるよ? だって狙って言ったんだもの。
何て言ったって、この前若の部長就任祝いしたし。何故か我が家で。
でもさ、でもさ、能面のように感情を消した笑みを浮かべるパッチン部長を見て、少し悪いことしたかな……と思った。
きっと、その無表情が痛々しく見えたせいだ。
わざと嫌われるってことは、わざと相手の痛いとこ突いたり、傷に触ったり、失望させたりするということ。
……ッ! 自覚した途端、ツキンと刺すような痛みが胸に走った。
これは……罪悪感?
私は今すぐこの状況を放り出して帰りたくなった。
ううん、帰りたかったのは最初からだ。だって面倒だったから。
でも今は少し違う。
私は……そう、この胸に入り込んできた罪悪感から逃げたくなったんだ。
「そ、なん……で、すか」
気まずい心持ちで俯くと、図ったかのようなタイミングでパッチン部長の携帯が鳴った。