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猛獣の飼い方10の基本

03-せをむけてはいけません

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「ご馳走様でした。……ところでさ、これってシャルナークの?」


両手を合わせて食後の挨拶。シャルナークはそれを物珍しそうな視線で見て、一言「変なの」だって。失礼しちゃう。なーんて、自分の身が可愛いから言わないけど。

私は座っていたパソコン用の椅子をクルリと回して、パイプ椅子に腰掛けていたシャルナークに向き直った。おもむろに食事前にポケットに捩じ込んだ布を取り出し、シャルナークの目の前で広げてみせる。そして、布の端から顔を覗かせ、そっと様子を伺った。期待と不安が入り混じって、ドクンドクンと心臓が鳴る。少し五月蝿いくらいだ。

持ち主なら即座に頭を下げるんだぞ、私。タイミングを逸すれば死亡フラグが完成してしまう。

シャルナークは面倒そうに布に視線を寄越し、次の瞬間、パチクリと目を瞬かせて頻りに私と布とを見比べはじめた。


「なに?」


何か知っているのかと期待が高まる。布を掴む手に力が入った。


「いや、それ……どうしたの?」

「あ、えっと、寝てたら誰かが掛けてくれた、のかな?」

「何で疑問形なのさ」

「いやだって、たまたま風で飛んで来たのかもしれないし……」


そうだ。その可能性もあった! と、口にしてから新たな可能性に気付き、どうかそうであって欲しいと僅かな希望に賭けたくなる。
そんな偶然そうそう起こらないだろうと、冷静なもう一人の自分が呆れているけど、この際無視だ。無視。

あ〜あ。それにしても、この様子は、何か知ってそうなんだけどな〜。教えてくれる気はないんだろうか?

とりあえずシャルナークが掛けたわけではないようなので、残された可能性は残りの四人か、もしくは風。てことはやっぱり風? 風なのか!?
もういっそ風であってくれたらいいのに。って、早速背を向けてるよ。これじゃあ○なんていつになっても付かないだろう。どうしよう、何年経ってもこのままだったら。てか何年も生きていけるのかな、この世界で……。

頭の中でぐるぐる考えながらも、手は勝手に広げていた布を適当に畳んでいた。


体と心は別物なんだね!


あー、うん。

我ながら痛いな。今の無かったことにしよう。放っておくと沈み込んでしまう思考に終止符を打つと、何か考えている様子のシャルナークに笑顔を浮かべてみせた。ちょっと引き攣ってるかもだけど、そこら辺は許容範囲内だと思う。


「知らないなら別に良いんだけどね」

「ま、見たことはあるけどね。それ」

「やっぱ知らないよね〜。……え?」


聞き間違いかと思うほどサラリと言われて、すぐに理解できなかった。
見たこと、ある?


「見たことあるの!?」


思わぬ言葉に、ワンテンポ遅れて立ち上がった。ちょっと大袈裟だったかな? シャルナークも完全に引いてるよ。椅子もキャスターのせいで、ガラガラッと残念な音を立てて遠ざかっちゃったし。幸い配線が張り巡らされた部屋なので、すぐに引っ掛かって止まっちゃったけど。

私は慌てて椅子を引き寄せて座ると、椅子ごとシャルナークに近づき、顔を寄せた。


「で、どこで?」

「ぅわッ!?」


私が近づいた分、身を反らして距離を離したシャルナークが、腰掛けていた椅子ごと床へと倒れこんだ。どうした旅団! イメージ的にはスチャッとこう……ね? とにかく、こんな間抜けな姿を一般人に晒していいんだろうか?
それに、後頭部から床に激突って痛そうだ。


「大丈夫?」


私の問いに答えることなく、シャルナークはひょいと身を起こした。無言で椅子も元に戻している。


「えーっと、これだろ?」


彼は今の出来事をなかったことにするらしい。私に害はないので構わないけど、それもそれでちょっと間抜けな気もした。


「フェイタンの拷問室だったっけ、確か。血の跡もだいぶ古いみたいだし、前にこの仮宿使ったときに拷問してた奴の服だと思うよ」

「……そっか。ありがとシャルナーク!」


ありがたくない! ちーっともありがたくない!

にこにこと礼を言いつつ、正直知らなきゃ良かったと後悔してた。だって、この布すごーく怨念篭ってそうじゃん! 笑顔なんてよく浮かべられたね? とか思うだろうけど、これはあれだ。


――現実逃避。


ある意味自分が仲良くしたいと思っている相手が、自分を殺す機会を進んで作ってるかと思うと、何かもう目頭が熱くなるよね。
なんて今更か。


「っと、そろそろお暇するよ! このカッ……お湯を入れるだけで食べられるヌードルありがとね!」

「あ、うん。それから俺のことシャルでいいから。長いでしょ?」

「わかった。ありがとね、シャル」


私は素直に呼び方を変え、貰ったお湯を入れるだけで食べられるヌードルを両腕に抱えて部屋を後にした。

そういえば食べた後のやつそのまま置いてきちゃったけど良かったんだろうか? 引き止められることもなく部屋を出た私は、チラリと出てきたばかりの部屋を振り返った。


「ん〜、引き止められなかったし……」


それに、場所もわかってないのに処理の仕方なんてわかるはずもない。今回は甘えさせて貰おう。何たってシャル自身引き止めなかったし。たぶん大丈夫なはずだ。うん。大丈夫。自分に言い聞かせながら、一先ずこのヌードルたちを何とかするべく、使えそうな空き部屋を探して歩き出した。



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