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共家〜Share House〜

詐欺師と過ごすお正月

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 迷っていたお節作りは、結局仁王くんのたっての希望により作ることが決定した。
 材料費は折半。作るのもちゃんと手伝ってくれるという条件付きだ。
 二人で材料を集め、レジを通り、店を出て、途中で仁王くんの家に立ち寄り着替えやら何やらを取り、現在は私の家を目指して歩いている最中。スーパーで出会ったくらいだから、そうだろうとは思っていたけれど、家はそこそこ私の家から近かった。


「なんか新婚さんみたいじゃな」


 ――なんて、むず痒い冗談を口にしたのは隣を歩く仁王くん。
 彼の視線は、二人で一緒に持っているスーパーの袋に注がれている。スーパーのロゴが書かれた白いビニール袋の持ち手を、片方ずつ持って歩く姿は……なるほど、そう見えなくもないだろう。
 つられて私が袋に視線を落としたら、仁王くんが「ふっ」と笑った。一体なんだろう。声に気をとられて顔を上げると、こちらの様子を伺ってニヤニヤと目を細めている仁王くんと目が合った。
 前に赤也が言ってたっけ。「仁王先輩にからかわれた」とか「仁王先輩に騙された」とか。


「何を期待してるのかわからないけど、別に照れたりしないよ?」

「……そうなんか?」


 聞き返す仁王くんの表情には、あからさまに「つまらない」と書かれている。


「どっちかって言うと、弟と買い物してるって感じ」

「なら姉ちゃんて呼んじゃろか?」


 逆にからかってやろうと思ったけれど、どうもお見通しのようだ。何てことないように返される。
 でも、せっかくだし――。


「じゃあ、そうしてもらおうかな」


 と言うのも、私自身兄は居ても下は居ないから、ちょっとした憧れはあったりするのだ。リョーマにしろ赤也にしろ、若だって私を姉だなんて呼んでくれないしね。


「……冗談じゃったんやが」

「男に二言は?」


 困ったように呟く仁王くんに笑顔で問いかけると、深々と溜息を吐かれてしまった。
 これはだめかな。そう思って「嘘だよ」と口を開きかけた時、仁王くんが「しょうがないのう」と言いながら微苦笑を浮かべた。


「言い出したんは俺じゃしな。……付き合っちゃるぜよ、姉ちゃん」

「男だね、仁王くん」

「呼び方」

「ん?」

「姉弟で苗字呼びとか変じゃろ?」


 そう言って笑う仁王くんは、既に仕方なく付き合っているという雰囲気ではなく、心底楽しそうに見える。半ば無理矢理付き合わせてしまっただけに、その反応に安堵する。もしかすると、私の心を見透かしての表情なのかもしれないけど、ね。


「ん〜、なら何て」

「まーくん」


 被せ気味で返ってきた答えに頬が引き攣る。


「……それ、本気?」

「ピヨッ」


 どうやら本気らしい。向こうも変な遊びに付き合ってくれるんだし、こちらも多少は付き合うべきだろう。


「んじゃ早いとこ帰ろうか……まーくん」


 仁王くん……もとい、まーくんは一瞬だけ驚いた様子を見せたけれど、すぐにニコリと微笑んで頷いて歩幅を広げた。




****




「まーくん、そっち出来た?」

「おん。姉ちゃん味見」

「少し塩足した方が好みかも」

「んじゃ足しとくナリ」


 台所で作業し始めて驚いたんだけど、仁王……まーくんは異様に手際がよかった。カップ麺の件もあるし、よそ様の家庭事情を詮索するのは憚られるけど、まーくんは一人暮らしでもしてるんじゃないかな? なんて。確かめるつもりもないから、わからないけど。


「……これで終わりね。私はお風呂の用意してくるから、まーくんはリビングに行ってて」

「冷蔵庫に入っとるジュース飲んでもよか?」

「別に構わないよ。と言うより、弟って呈なんだから訊いちゃだめじゃない?」


 少なくとも、私はお兄ちゃんにそんなこと訊いたりしない。けど、他の家庭だと訊くものなんだろうか?


「俺ん家はのう、勝手に姉貴のもん食ったり飲んだりしたら後で悲惨なことになるんじゃ」


 遠い目をして語るまーくんの身に、何が起こったかはあえて聞くまい。


「……じゃ、用意してくるね」


 そそくさとその場を去り、バスルームへと急ぐ。長い袖口を捲り、スポンジを手に取る。
 確かもう九時過ぎだった。あとは夕飯食べて、お風呂に入って、年越し蕎麦食べて、あれ……まーくん初詣どうするんだろ?
 って、ナチュラルに思考進め過ぎじゃない!?
 浴槽をスポンジで擦り、シャワーで泡を流していく。こぽこぽと音を立てて排水溝に流れる水を眺めながら、今更になって変な事態になっているなと我に返る。
“友達の友達”みたいな微妙な関係の人間を家に入れて、姉弟ごっこしながら一緒に料理したあげく泊めることになる……なんて一体誰が思いつくだろう? どう考えてもおかしな事態だ。
 だけど――。


「姉ちゃん、今更じゃけど夕飯の用意忘れとらんか?」

「いつの間に!?」


 背後から響いた声に振り返れば、まーくんが浴室の扉を開けて立っていた。


「今の間じゃ。んで、夕飯どうするんじゃ?」


 言われてみればお節以外の準備してないや。しかも脳内計画では夕飯食べる気で居た。


「……忘れてた。出前とる?」

「オムライス好いとう?」


 すいとう……水筒? 出納?


「好きか?」


 なるほど、そういう意味か。
 脳内のハテナマークを察したらしく、まーくんは後半を問い直してくれた。


「うん。好きだけど?」

「ならよか。早く終わらして来んしゃい」


 まーくんはそれだけ言うと、そそくさと踵を返していった。



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